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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい87

***  見守り人ローランドの存在がなくなったと同時に、この世にいる者が彼の記憶を失ったことを、職員室に戻ったベニーは改めて思い知った。ローランドが使っていた席は予備用になっていたり、座席表や時間割にも名前が見当たらなかった。  そのことにしんみりしながら、自分の席に腰かけた途端に、後ろから肩をぽんぽんと叩かれる。 「ロレザス先生、おはようございます」 「お、おはようございます、林先生……」  肩を叩いた人物は、ローランドと一緒に英語の授業をしていた教師だった。 「ロレザス先生のお知り合いに、英語を教えることができる方、誰かいらっしゃいませんかね? 日本人よりも、外国人の先生の喋るネイティブな英語のほうが、生徒たちも耳で覚えることができるので」  困った様子で話しかける教師に、ベニーは力なく首を横に振った。 「私が代わりに、英語の補助員になれればいいのですが……」 「あー、ロレザス先生が補助員になったら、違う意味で生徒たちが授業に集中しなくなるかもです。ハハハ……」 「林先生、いいですか?」  困惑しながら苦笑しているベニーと林教諭の話に、学年主任が話に突然割り込んできた。 「あ、おはようございます……」 「英語の補助員のことですが、近いうちにひとり、外国の方に来ていただけることになってますので、ご安心ください」 「ホントですか? そりゃあ助かります!」  学年主任は目の前で喜ぶ教師を見てから、ベニーに視線を送り、自分の髪の毛を引っ張って、束ねるように促した。  ローランドに外されて、そのままにしていたことにやっと気がつき、ポケットに入れていた赤い紐で慌てて括る。 「新しい補助員の方は、どこの国の出身なんですか? ロレザス先生は確か、イギリスでしたよね?」  あたふたしているところに、いきなり話しかけられたので、ベニーは一瞬だけ言葉に詰まった。 「えっ、あー、林先生よく覚えてますね」 「ロレザス先生の美形ぶりなら、ロシアと言われても通用しますって」 「いえ、そんな……」 「新しく来る方の出身は、オーストラリアです。日本語も堪能なようなので、生徒とのコミュニケーションも安心できると思います」  ベニーたちの会話を断つ感じで情報を与えた学年主任は、そそくさとその場をあとにする。 「ロレザス先生、どう思います?」 「はい?」 「学年主任、朝からピリピリしてるみたいな雰囲気に見えません?」 「きっと大事な会議や人間関係などで、気を遣うことでもあって、疲弊しているんじゃないでしょうか」 (学年主任が朝っぱらから屋上で力を発揮したせいで、イライラしているとは――)  説得力が増すように人差し指を立てながら、ベニーなりに学年主任をフォローし、その場をやり過ごしたのだった。

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