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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい91

 ベニーは髪を束ねている赤い紐を解き、黒猫の首にちょうちょ結びで彩りを与えた。 「これでよし」 「すごく似合ってますね、名前はなんにするんですか?」  ベニーと一緒に黒猫を見下ろす弘泰が、柔らかく微笑みながら訊ねた。 「身体に触れられないように目の前で暴れたり、私の手を噛んで困らせるところを考慮して、先輩と呼ぶことにします」  肩を揺すってクスクス笑ったベニーは、人差し指で狭いおでこを突っついた。途端に黒猫が、目の前にある人差し指をぺろぺろしだす。舐められたところは黒猫が甘噛みした部分で、少しだけ赤くなっていた。 「ベニーに飼われることがわかったから、ご機嫌とりをしようとしてるみたい……」 「そういうあざといところが、私の知り合いにそっくりなんですよ」 「先輩さん?」  黒猫からベニーに視線を飛ばした弘泰のまなざしが、微妙にゆらゆら揺れていた。見えない不安を表すそれを目の当たりにして、ベニーはそっと顔を寄せ、触れるだけのキスをした。 「先輩とはただの友達です。さて弘泰の家に寄る前に、私の自宅に先輩を置いてからじゃないといけませんね。お母さんのアレルギーを誘発してしまいます」  ベニーは大きな手で黒猫の頭を撫でてから、弘泰の膝の上に乗せた。 「だったら、猫グッズ買って帰ろうよ!」  弘泰の弾んだ声に、ベニーは笑わずにはいられない。ほんの些細な触れ合いで機嫌が良くなった弘泰のテンションに、思わず吹き出しそうになる。 「ふふふ、弘泰ってば、先輩のお世話をする気が満々ですね」 「母さんに遅れて帰ることを、LINEで伝えなきゃ!」 「LINEする前にシートベルトをしめてください。車を走らせます」  少しでも遅れることを避けたかったベニーは弘泰にお願いをし、ギアをドライブに入れた。その瞬間を見計らったように、黒猫が弘泰の膝の上からベニーの膝の上にぴょんと飛び乗る。 「あっ、運転の邪魔になるって。勝手に動かないでよ」  スマホの操作をやめて小さな身体を抱きあげようとした弘泰の手を、ベニーは左手で制した。そんなふたりを、黒猫は大きな目を見開きながら見上げる。 「絶妙なタイミングで私の動きを止めるところも、本当にそっくりですね。これから先が思いやられます」  ギアを一旦パーキングに入れてから、ベニーの顔の正面まで黒猫を持ち上げた。しっかり目と目を合わせて、わかるように優しく語りかける。 「先輩お願いですから、大人しくしていてください。貴方が快適な生活ができるように、私がきちんと提供します。約束しますよ」 「なんだか羨ましいな……」 「先輩に嫉妬しましたか?」 「別に!」  口ぶりとは裏腹に、弘泰はベニーの肩にそっと寄り添った。 「先輩の快適な生活の提供は私の担当ですが、教育的な指導については弘泰の仕事です」 「それって――」 「私の家の合鍵を作りますので、よろしくお願いいたします」  ベニーが頼んだ途端に、弘泰はその手から黒猫を奪取し、赤い紐を掴んで動かないように固定した。 「僕が先輩の教育的な指導をするって、毎日ベニーの家に通わなきゃいけないんじゃない?」 「学業のこともありますからね。無理しない程度にしてください」  弘泰の頭を撫でたベニーは、ふたたびギアをドライブに入れて、スムーズに発進させた。無駄なく軽やかに走行する車に、自分たちの恋の行方を重ねたくなる。 「にゃあ゛ぁあ!」  可愛らしい鳴き声とは程遠いそれに、弘泰とふたりで爆笑した。  いつもベニーが不安そうにすると、わざと苛立たせたり茶化したりと、自分の気持ちを浮上させようと躍起になった先輩のことを思い出す。 (こんなに小さいというのに、私の機微を悟るとは。さすがは先輩ですね――) 「ベニー、僕が猫っぽい鳴き声を真似して、丁寧に教えなきゃダメかな?」  面白い問いかけをした弘泰との会話が、その後も絶えなかった。お蔭で不安だった未来に、明るい兆しが見えたようで、ベニーは心の中で黒猫に感謝する。  ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたしますと。 END 見守り人ローランドの話【抗えない想いを胸に秘めたまま、おまえの傍にずっといたい】を番外編として連載していきます。お楽しみに!

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