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シェイクのリズムに恋の音色を奏でて3

***  自分の店に到着し、扉を開けてすぐ傍にある照明のスイッチを、パチンとつけた。  数秒後に明かりの灯された店内――見慣れたカウンターと足の長い椅子が四脚、そしてボックス席が四つのこじんまりとした店内を目の当たりにした青年は、驚きの眼でしげしげと隅々まで見渡す。 「これがなかったら、もうひとつボックス席を増やせたんだけどさ。閉店した店舗のピアノを、知り合いに押しつけられたんだ」  メーカーは違うが、さっき青年が弾いていたラップトップの黒いピアノが、店の片隅で場所をとっていた。それに引き寄せられるように青年は近づき、ピアノの蓋を開ける。  俺は持っていた買い物袋をおろすため、カウンターの中に移動しながら話しかける。 「この店にピアノを置いて半年経つが、誰も手をつけてない。まんまお飾り状態なんだ」 「かわいそう……」  青年は呟きながら、右手の人差し指で鍵盤を鳴らした。ポーン♪というピアノの音色が、無機質な店内でいい感じに響き渡る。 「これ、音が狂ってます」  そう言って、ほかの鍵盤も鳴らして音を確かめる青年の眉間に、深いシワが刻まれた。ピアニストとして音の狂いは、聞くだけで不愉快なのかもしれない。 「そうなのか。音感ないから、そんなことわからないし」 「このコの調律をしたいけど、今日は道具を持って来てないのでできませんが、きちんとしてあげますよ」  調律するというセリフで、俺は瞬間的に閃いた。さっき青年が鳴らしたピアノの音の響きがいい感じに聞こえたからこそ、誘いをかけてやるべく画策する。 「だったらそのついでに、毎晩コイツを弾いて、かまってやってはくれないか?」 「え?」 「だっておまえ、さっきコイツを見て、かわいそうって言ってたろ?」 「せっかくここにピアノが存在しているのに、誰も弾いてあげないのは、かわいそうだとは思いましたけど……」  青年はおどおどしながらカウンターにいる俺に振り向き、困惑のまなざしを注いだ。 (この調子だと、落ちるまであと少し――) 「せっかく調律してもさ、だ~れも弾かないピアノを、このまま置いといてもなぁ。場所をとるくらいなら、そのうちゴミに出すかもしれない!」  ゴミというセリフを聞いた途端に、青年は瞳の奥に強い憎悪をめらめらと燃やした。 「わかりました、弾きます! だからこのコを、ゴミに出さないであげてください」 「わかった。おまえがコイツを弾き続けてくれるのなら、絶対ゴミになんて出したりしない。誓うよ」  俺はカウンターから出て青年に近づき、右手を差し出した。 「カルテルバー『ムーンナイト』オーナーの石崎智之だ。よろしく」  青年は自己紹介を聞きながら、俺が差し出した手と顔を交互に見たあと、恐るおそる右手を絡ませた。 「僕は宇都宮清哉です。よろしくお願いします」  こうして青年と握手をかわし、ピアニストとして店で雇うことになった。彼を雇いたくなったのはピアノの腕もあるが、変な客に絡まれても気の強い性格を発揮して、うまくやり過ごすことができるかもと思ったからだった。

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