306 / 332
シェイクのリズムに恋の音色を奏でて12
「ちょっと、そこ! 江藤ちんと宮本、ここでイチャイチャするなら、とっとと帰りなさいよね」
忍ママは奥の席にいる客にしっかり注意しつつ、俺に優しげな視線を向けた。
「それで智之くんの恋した相手は、どんなコなのかしら?」
目の前で着物のような大きな袖をなびかせて、胸の前に腕を組む。それだけで妙な威圧感を感じてしまったため、答えないわけにはいかなかった。
「……年下のノンケ。しかも俺のことが好きって言ったように勘違いしたという、悲しいわけありでさ」
「どうしたらそんなふうに、勘違いできるのよ?」
「正しくは、俺の作るカクテルが好きって言ったつもりだったそうだ。彼が寝かけていたときに告ったのが、そもそもの間違いだった」
人差し指で丸い氷を、意味なくぐるぐる回す。美味いウイスキーが冷えると同時に徐々に薄まるというのに、人差し指の動きを止められなかった。
どんどん薄まるウイスキーみたいに、自分の中にある想いも薄まってくれたらなと、思わずにはいられない。
「このまま諦めるの?」
「ノンケ相手に告った時点で、気味悪いって思われて、もう店に顔を出さないと思う」
「それはあくまで、ひとつの可能性でしょ。もし彼が店に現れたら?」
カールのかかったつけまつげが、得意げに上下するだけで、忍ママの告げたことが現実化しそうな気分になる。
「アイツが現れたら……。そうだな、今までどおりの関係を続けて、嫌われないようにするしかない」
なにかの拍子に、指で遊んでいた丸い氷が勢いよく一回転して、薄茶色のウイスキーをまとった。カウンターの上にある照明がグラスをピックアップして照らしているおかげで、たった一瞬の出来事なれど、それがすごく綺麗に目に映った。
「智之くんがそれでいいなら、私はこれ以上なにも言わないわ。わかったことといえば、好きになった気持ちが、そこまで強くなかったってことかしらね」
「えっ?」
「嫌われないように、以前と同じように振る舞うことを続ける。つまりそこまでそのノンケのコを好きじゃないから、気持ちを切り替えて接するってことができるんでしょ?」
訊ねられたセリフなのに、なぜか自分の胸の内を指摘された気がした。
「俺はアイツのこと――」
口にしながら、聖哉のことを頭の中で思い描く。
長い前髪を揺らしてまぶたを伏せつつ、神経質そうにピアノを奏でる姿に、時折目を奪われた。聖哉の指先から流れ出るピアノの音は、疲れた俺の心を癒してくれるだけじゃなく、次の日も頑張るぞっていう気力を与えてくれるものだった。
最近はピアノを弾くだけじゃなく、レジ打ちや後片付けまで手際よくやってくれることも、好きになる想いを加速させるもので、けして軽い気持ちなんかじゃない。
「忍ママ、俺はじめてなんだ。ノンケを好きになったこと」
思いきって告げたあと、煽るようにグラスのウイスキーを飲み干した。
「男同士の恋愛も難しいのに、さらに難しいところにいっちゃったわね」
「ホントそれ。酒を飲みに来たのに悪い、オレンジジュースください」
疲れた心と体にアルコールは無駄に染みすぎるのがわかったので、あえてオーダーするのをやめた。
「いいわよ、気にしないで。すぐに用意するわね」
にこやかに接客してくれる忍ママに、感謝の言葉を告げて、もう一度自分の気持ちを見つめ返す。
もし明日、聖哉が店に現れたら、俺はどうしたいのか。堂々巡りになると思ったのに、意外とアッサリ胸の内が決着してしまったのである。
ともだちにシェアしよう!