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シェイクのリズムに恋の音色を奏でて37
「石崎さんの好きなところ。ううん、そのぉ……」
両目をつぶり、頭をフル回転させながら、石崎さんの好きなところを必死になって思い出す。
「聖哉、名字に戻ってるぞ」
「えっ? あ、ごめんなさい。考え込んでいたら、もとに戻っちゃいました」
「そうやって、素直に謝るところも好きだ」
「ぶっ!!」
さっきから直球を投げられ続ける、僕の気持ちを考えてほしい。恥ずかしくて、どうにかなってしまいそう。
「もうやめてください。ますます言いにくくなっちゃう」
「照れてる顔も結構かわいい」
「智之さんっ!」
やめてと言う前に、床に押し倒される躰。僕が頭を打たないように、さりげなく後頭部を片手で守ってくれる優しさに、キュンとしてしまう。
「モノ欲しげに見つめるそのまなざしも、全部俺だけに注いでくれ」
「それは――」
その想いは、僕だって同じだった。仕事中の石崎さんは、本当に格好いいと思う。
まっ白のYシャツに黒色のベストをビシッと着こなし、背筋を伸ばしながらシェイカーをリズミカルに振って、笑顔で応対している姿に、見惚れる女性客がいるのも知ってる。
石崎さんを意識しはじめてからというもの、そういう女性客を見るたびに、胸の奥がチリチリ痛んだ。
「聖哉、どうした?」
キスしようと近づけていた顔をとめて、一旦遠のかせる。僕の微妙な表情に違和感を覚えたらしい。
(ちょっとしたことで、こうして気にかけてくれることも、すごく嬉しい)
「なんか奇跡みたいだと思って。僕のピアノが叔父さんに認められたのも、こうして智之さんに好きになってもらったことも」
「奇跡なんかじゃない、現実だ。聖哉のこの指で奏でたピアノの音が、俺を惹き寄せた。おまえに実力がなければ、あのとき俺は通り過ぎていた。間違いなくな」
僕の利き手を握りしめ、人差し指の爪先にキスを落とす。そして僕の手を愛おしげに見つめてくれる彼の視線に、躰が自動的に熱くなった。
「嬉しい……。叔父さんにピアノを褒められたよりも、智之さんにそう言われたことのほうが、すっごく嬉しくて堪らない」
「聖哉?」
「諦めずに、ピアノを弾き続けてよかった。こうして好きになれる人に出逢えるなんて、本当に信じられない」
「俺は聖哉の弾くピアノが大好きだ」
コンテストを受けても、審査員にため息をつかせるだけだった僕のピアノ。それを石崎さんは、大好きだと言ってくれるだけでしあわせだ。
「僕は智之さんが作ってくれる、ノンアルのカクテルが大好きです」
「俺のことは?」
くすくす笑いながら訊ねられたら、どんな顔していいのかわからない。
「もちろん好きですよ」
「俺は愛してる。聖哉のことを心から愛してる」
僕も同じように愛してると言いたかったのに、石崎さんは強く唇を押しつけて、それを言えなくした。それでもその想いを伝えるように、舌を絡ませつつ、両腕でぎゅっと大きな躰を抱きしめた。
互いの想いがはじめて伝わったこの夜、僕らは空が明けるまで、遠慮せずに貪りあったのだった。
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