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第2話

*  そう、あれは三日前のこと。普段どおり僕が学校から帰宅した際、父が言ったのだ。 『更、うちの会社潰れちゃったんだけど』 『……は?』  それはまさに青天の霹靂だった。元華族である曾祖父の代から続いている由緒正しき老舗ホテル、その名も冷泉(れいぜい)リゾートが倒産したというのだ。  僕はまだ高校生だが一応後継者なのに、うちが経営不振に陥っているなんて全く知らなかった。しかももう手の尽くしようがない段階で聞かされるなんて思わず卒倒しそうになったが、父のふざけた態度に怒りの方が勝りなんとか正気を保った。ただ悲しいことに、父はふざけているのではなくてこれが素なのだった。 『なんで急にそんなことに!?コンサルは!?弁護士は!?どういうことなんだよ!?説明しろよこのボケオヤジ!!』 『おおう、更くんがこんなに焦ってるとこ初めて見たよ』 『どうでもいいよ!つーか今焦らずにどこで焦るんだよ!!』  原因は、三代目である父が調子に乗ってホテルの他に飲食関係やリゾート地の開発にホイホイと手を出し、それらが全て失敗に終わったとのことだった。なんてことはない、僕の父は無能経営者だったのだ。  これからの生活のことを考えると頭痛がした。膨大な借金に加え、土地もホテルも屋敷も車も財産は一切合財差し押さえられ、ド底辺の生活を強いられるハメになるのだろう。うらぶれた路地裏のうらぶれたアパートで、つぎはぎだらけの襤褸(ぼろ)を着て、小さなパン一つで一日を食いつなぐのだ……まるでレ・ミゼラブルのように(僕の貧乏に対するイメージはそれしか浮かばない) 『それでね更、万里小路さんを覚えているかな』 『知らん、誰だそれ』 『ええ……じいさんの古いお友達で、更も昔会ったことがあるんだけどなぁ。……なんとその万里小路さんが借金をすべて肩代わりして父さん達を助けてくれるんだって!』 『……あ?』  父の頭がおかしくなったのかと思った。いや元々おかしいから、おかしくなったら今度は正常に戻るはずなんだけど。 『でもそれには条件があって。万里小路家の三男が更をお嫁さんに欲しいんだってさ』 『はあああああ!?』  (さら)というちょっと女性のような名前だが、僕の性別は正真正銘男だ。まだ完全な同性婚も認められていないこの国で男を嫁に欲しいなど、笑えない冗談にもほどがある。 『うん、それは冗談だと思うんだよね。だって更はとっても美人だけど男の子だしねぇ』 『良かった、知ってたんだ……』 『そりゃあ父は知ってるよ!だからね、万里小路さんは僕らがこの話を受けやすいように親切でそういうふうに言ってくれたんじゃないかなって父は思うわけ』 『どんだけ頭がめでたいんだよ、くそおやじ』  それでも他に助けてもらえるような親戚のアテはないし、父は外国に金策に行くというし、母は僕が7歳のときに既に他界している。  そんなこんなで僕は単身でノコノコと、万里小路邸があるという都心から離れた山奥の集落にやってきたわけだ……以上、走馬灯終わり(走馬灯ってこんなんだったっけな) *  気を失いかけていた数十分間、いくつもの畑や田んぼや森や林や川を通り抜けたのち、武家屋敷のような立派な日本家屋がデデーンと姿を現した。 ここが万里小路邸……なんだか見覚えがあるような、ないような。僕にとって日本家屋という建造物はどれも同じに見えるのだ。実家は洋館だったし。  それと僕は日本家屋が少し苦手だ。理由は分からない。けれど今は苦手だなんだと言っている場合じゃないので。 「大丈夫か?更」 「し、死ぬかと思いました……」 「えー、でも風が気持ちよかっただろ?」 「気持ちいいというより寒かったです……」 「まじ?じゃあ先に風呂入るぞ。挨拶なんかあとでいいから」 「いいえ、そういうわけにはいきません」  僕はよたよたとバイクから降りると、ヘルメットを装着したまま平身低頭し、地面に頭を擦り付けて土下座をした。(頭が重いので自然にそうなってしまったのもあるが) 「えっ?」 「慶様、不束者ですがどうぞよろしくお願い申し上げます」 「ちょ、なに?更、頭あげて?それに慶様って何?もしかしなくても俺のこと!?」 「そうですけど」 「いやいや俺らタメだし、呼び捨てでいいし」 「そういうわけにはいきません。ではさっそく万里小路のご当主にもご挨拶を――あっ」  何も考えずにその場に土下座してしまったから、服が汚れてしまっていた。こんな格好じゃ当主に挨拶にいけないじゃないか。 「先に風呂入ろう、な!更。親父に挨拶なんて後回しで適当でいいから!」 「そういうわけには」  いきません――と同じせりふを三度繰り返そうとしたけれど、僕は慶様に強引に背中を押されて浴室へと連れて行かれたのだった。

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