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第3話
「万里小路様、このたびは当家が大変多大なご迷惑をおかけしました。父に代わって深くお詫びを申し上げます」
「あー、更くん顔をあげて。いいんだよ、互いの家に何かあったときは助け合おうって先代同士が約束していてね、ぼかぁそれを実行しただけだから」
「祖父がそんな約束を?」
つまり生前祖父は、息子である父が無能経営者であることを見越していてこんな約束を取り付けたのだろう……こっちが百パーセント迷惑をかけることを分かっていて……お祖父 様!その約束のおかげで助かったけど、先方に申し訳なさ過ぎて孫は居た堪れないぞ!!
でも万里小路家の先代も既に亡くなっているみたいだから、こんなクソみたいな約束反故にしてしまってもこっちは分からなかったのに……律儀だな。
「それに無条件で助けるってわけじゃないし。君を慶のお嫁さんに欲しいって話は聞いてるだろ?」
「あっハイ」
「はあ!?ちょっなんだそれ、俺は聞いてないぞ!?あ、だからさっき不束者ですがって……うわ――!!更、本気にしなくていいからな!仮にも冷泉家のお坊ちゃまがそんな身売りみたいな真似を……!!ああもうアホ親父!もっとマシな条件はなかったのかよ!まるで俺が更を金で買ったみたいじゃねぇか!!」
え、三男が俺を嫁に欲しがったっていうのはやっぱり冗談だったのか?一応マジかもしれないと思って覚悟決めてきたんだけど。
「なんだよ~、お前が更はこれからどうするんだろうってすっごい気にしてたから父さんは気をきかせたのに」
「余計なことすんな!」
「あの、慶様」
「だから更、慶様ってのは――」
「理由は存じませんが、僕のことを心配してくださってありがとうございます」
慶様と当主のやりとりを見ていたら、なんだか僕と父のようでくすっと笑えた。
「あ……いやぁ、その……うん」
いつどこで彼に会ったのか全く覚えてないけど、僕は昔彼にとって忘れられないほどの親切をしたに違いない。グッジョブ、昔の僕。全然覚えてないけど。
「まあ、これからは自分の家だと思って自由にしろよ。あ、でも奥の部屋には更は入らない方がいいかもな」
「奥の部屋?」
僕は無遠慮に他人の家を探検する趣味はないけど、奥の部屋がいったいなんだというのだろう。隠し財産でもあるとか?お宝には興味あるけど、案内された場所以外は行くつもりはない。
「ま、気にすんな。親父に挨拶も済んだことだし更の部屋に案内してやるよ。荷物はもう運び込んであるから整理手伝う」
「大丈夫です、服も物もほとんど借金の片に持っていかれたので少ないですし」
悲しいが荷造りは本当に楽だった。そして僕はさっきから感じていた屋敷の違和感を慶様に尋ねた。
「あの、慶様が自ら僕の迎えに来て下さるなんて、使用人達は忙しいのですか?」
この家には、人の気配がほとんどしないのだ。出迎えにだって一人も出てこなかったし、最初は僕を厄介者だと見なして、使用人総出の嫌がらせを受けたのかと思ったけど。
「ん?うちには住み込みの使用人はいないぜ。いるのは通いの家政婦さんが一人だけ、たまに庭師も呼ぶけど。うちは自分のことは自分でするってのが家訓だから、更も少しずつ慣れてくれよ。分からないことはなんでも聞いていいから」
「はい。それと奥様と他のご兄弟はどちらに?」
この場には当主と慶様と僕しかいない。上の息子二人はまだ帰ってないだけかもしれないけど、奥様は……?
「お袋は入院してるんだ。兄二人は成人して既に家を出てるからいない。あ、二番目はまだ大学生なんだけど」
「そう、なんですか」
奥様は何か深刻な病気なのだろうか。そんな大変な状況なのに厄介者の僕を引き受けてくれるなんて、万里公路当主の懐の深さには感謝するしかない。しかし嫁として呼ばれていないのなら、僕はいったいこれからどういうポジションでここに居座ればいいのだろうか……それはこれから考えるとしよう。
僕に宛てがわれた部屋は当然和室で、木製の机と紺色の座椅子、空っぽの本棚が鎮座していた。あと、数日前に僕が荷造りした段ボールが数箱、部屋の隅に置かれている。布団は押入れで、毎回自分で上げ下ろししないといけないらしい。
「そうだ更、もう編入手続きは済んでるから明日からは俺と同級生な」
「え!?」
この家で働かせて貰うつもりだったのに。僕はまた学校に通えるのか?
「でも、学費はいったいどこから出てるんですか」
「更の前の学校の成績なら学費は免除にできるんだと、良かったな。制服は去年の俺のを貸してやるよ、サイズが合えばいいけど」
「あ、ありがとうございます」
前の学校の制服も高く売れるというので、全部持って行かれたから助かる。
「それとさっきも言ったけど敬語と様付けは禁止。俺、更とは普通に仲良くなりたいからさ」
「わかりま……わかった。じゃあ、慶?」
「おうっ」
僕が呼び捨てで呼んだら、慶は満面の笑みを浮かべて返事をした。呼び捨てにされるのがそんなに嬉しいのか?なんだかこっちまで照れてしまう。
すると慶は数秒間僕の顔をじっと見つめて、しみじみと言った。
「更……綺麗になったな」
「へっ?」
「昔から可愛かったけど」
「ちょ、ちょっと待って、あの、勘違いしてるのか分からないけど、僕は昔から男で!」
「知ってるよ」
「知ってんのかよ!」
はっ、つい脳内ツッコミを口に出してしまった。
「更って素はそんな感じなのか?畏まってるよりもそっちの方が全然いいな!これからはいつでも素でいろよ」
「い、いろよと言われても……」
別に隠してるわけじゃなく、ただ素を出せる相手というのは限られていて、僕にとってそれは父くらいしかいなかっただけだ。
それにしても、『綺麗になった』とかこっ恥ずかしいセリフをサラッと言えるなんて、ああ見えて――というのは若干失礼だけどーーやはり慶はお坊っちゃんなんだと実感した。(僕もつい先日までお坊ちゃんだったけど、慶は僕とは違う種類のお坊ちゃんなのだろう)
「あの、覚えてなくてごめん。慶のこと」
「ん?別にいいよ。だってあの時更はよっぽど――」
「よっぽど?」
何?僕は昔、いったい何を仕出かしたんだ?
「……なんでもない」
「はあ?言えよ」
中途半端に隠されるとめちゃくちゃ気になるじゃないか!
「まあまあ」
「まあまあて」
慶はこれ以上話すつもりは無いみたいだ。もしかすると自分のことを全く覚えていない僕に少しは腹を立てているのかもしれない。当然と言えば当然か。それならそうと言えばいいのに……と思っていたら。
「更があのことも俺のことも覚えてないのは、きっと更自身がそうした方がいいって判断したからなんだよ。だから無理して思い出すことはないし、俺もわざわざ教えない」
「あっそう……」
「ごめんな?」
かなり気になるけど慶を困らせたくないし、今日は疲れてるし、急いで思い出す必要はないのかもしれない。それにここに居たらその内思い出せる気がする、多分だけど。
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