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第1話

    Lesson1 乗馬の稽古 「ん……ん……ん、ん……んっ!」  のっけから……ん、ん、んん……はしたない声をお聞かせして面目次第もございません。  これには、深い理由(わけ)があるのです。  事の仔細をお話しします前に、自己紹介をさせていただきとう存じます。  名は、と申します。  猫っ毛の髪は生まれつき赤茶け、なまっちろい肌をしておりますが、れっきとした日本男児にございます。  名家の誉れ高い鷹宮伯爵家に奉公にあがって早、六年の歳月が流れ、今年の正月で数えの二十歳(はたち)になりました。  お屋敷で働きはじめた当初は、英語と独逸(ドイツ)語の区別もつかないありさまで、麺麭(パン)を給仕するさいにもまごつくばかりでございました。そうこうしますうちに、鷹宮家の現当主であらせられます公彦(きみひこ)さまのお側仕えにとりたてていただき、以来、修練を積む毎日を送っております。  仕事の内容は、旦那さまの御髪(おぐし)を調えてさしあげるといった身の回りのお世話全般です。  それから時々……いえ、たびたび……いえ、三日にあげず夜伽を仰せつかります。それゆえ旦那さまの腕の中で朝を迎えますことも、珍しいことではありません。  どうぞ、お見知りおきくださいませ。 ところで賢明なる紳士・淑女の皆さま方は、三角木馬という代物(しろもの)をご存知でしょうか?  三角形の木材に脚を取りつけたような形状をいたしておりますそれは、元々は拷問道具の一種です。  時の為政者に謀叛(むほん)を働きました者などを、まずは三角木馬に跨らせたうえで、ぎりぎりと緊縛いたします。そののちに足首に(おもり)などをくくりつけますと、自身の重みが陰部に容赦なく加わります。  つまり科人(とがにn)は制裁を加えられております間中、股が裂け、躰が真っ二つになるような、地獄の苦しみを味わうという恐ろしい器具なのです。  ひるがえって、こちらの木馬は残照を浴びてきららかに輝くのです。  曲げ木細工の弧台がついておりますので、揺り椅子のようにゆらゆらと揺れます。 一角獣のそれをかたどった頭部には螺鈿(らでん)があしらわれ、金箔・銀箔が清らかに、あるいは邪悪に照り輝くのです。鶏卵大の縞瑪瑙(しまめのう)が両眼にはめ込まれておりまして、まさに貴人の居室を飾るにふさわしい逸品なのです。  遠き異国のやんごとなき御方が、どのような目的のもとに、こういった豪奢(ごうしゃ)な木馬を造らせたのでしょうか。  年がら年中、姦通の罪を犯すというふうに、淫婦・妖婦の類いであります奥方さまを懲らしめるためでありましょうか。 そ れとも普通のまぐわいかたでは物足りなくなった粋人が、秘め床の愉しみに変化をつけるために、特別に誂えた品なのでしょうか。  と、益体もないことをつらつらと考えてしまいますのも、むべなるかなでございます。木馬の使い勝手の良し悪しというものを、身をもって味わっているからなのです。  端的に申し上げますと、甘美な責め苦に陰茎がすすり泣いてやまないのです。

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