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第18話

業界柄か誕生日が知れ渡ると方々から誘いを受けた。 去年までは全く予定がなかったため、誘われるがまま祝われていたが、今年は受けるわけにはいかない。 「すみません、今年はちょっと都合が…」 ありがたいことに何個めかのお誘いを、そう言って断ると「なんだよ、ハルちゃんにもついに彼女が?」とからかわれてはどうしていいかわからず否定する、ということを繰り返していた。 そして今日はついにその当日。いつからだろうか、自分の誕生日なんてそれほど楽しみにすることはなくなっていたが、今年の誕生日はこれまでとは違う。恋人と過ごす誕生日なんて、春一にしてみれば生まれて初めてだ。 朝目が覚めると、隣で健太郎がにっこり笑って「おめでとう」と言ってくれた。それから唇やら鼻の頭やら色んなところに何度もキスを。もう既に幸せな誕生日はスタートしており、気を緩めるとにやっとしてしまう顔を春一はぱんぱんと軽く叩いた。 「何やってんの」 そんなところを慧佑に見つかってしまい、あたふたしてしまう。 「あっ、五香さん、おはようございます!いや、ちょっと気合いを入れてたというかなんというか…」 「寝不足?」 「そんな感じ…ですかね」 実際は短い睡眠時間とはいえよく眠れているのだが、上手くごまかすために苦笑いで頷くとクスクス笑われた。 「健太郎はメイク中?」 「そうです」 「へ〜。あ、そう、今日ハル誕生日だよね?」 尊敬する慧佑に言われ、春一は思わず目を輝かせる。 「そ、そうです!毎年よく覚えててくれますよね!」 「そりゃあ可愛い後輩の誕生日ですから」 ふふ、と笑ってそれから「ハイ」と綺麗にラッピングされた直方体を春一に手渡す。 「え!」 「誕生日おめでとう。よかったら使って」 「あ、ありがとうございます!開けてもいいですか?」 「もちろん」 丁寧に包み紙を開くと、中には高級そうな万年筆が入っていた。 「わ…うれし…ありがとうございます!」 何度もぺこぺこ頭を下げているところに、真央が通りかかって「あれ、どうしたんです?」と興味深そうに会話に加わってきた。 「今日ハルの誕生日なんだよ」 「そうなんですか!おめでとうございます!へ〜…へえ〜…」 真央がくりくりとした目を輝かせながら、一人なぜか深く頷いている。 「ぼく、知らなかったから手ぶらですみません」 「いえ、そんな…」 春一は恐縮で手の平をぶんぶん振った。 「よかったら夕飯でもどうです?お祝いにぼくご馳走しますよ。あ、五香さんも予定空いてたらどうです?五香さんお財布五香さん」 「お財布って、真央ちゃんそれはちょっと直接的すぎやしない…?」 「ATM五香さん」 やりとりを見つつ、この二人も結構親しいのかな、と春一は思う。誰と誰が、という交友関係まで春一はそれほど詳しくないが、健太郎も真央と親しい様子だった。演者同士親しいと現場の雰囲気もやりやすいからそういう意味でも今回の作品は恵まれているのかもしれない。 「ね、誉田さん。あ、それとももうパーティーとか入ってます?そしたら同席したいなァ」 けれども、春一自体とはさほど親しくもないのに、思いの外ぐいぐいくる真央に戸惑い苦笑いを浮かべる。 そもそも共演者のマネージャーの誕生日を祝いたいとか不思議すぎる。 「あ、すみません、今日はちょっと…」 「パーティー、追加不可?」 「いえ、そんなぼくなんかの誕生日にパーテイーなんかしませんよ…」 春一が狼狽えていると、背後から低い声がした。 「おはようございます…」 「あ、ケンタくんおはよー。あ、今日ね、誉田さんお誕生日なんだってぇ」 心なしわざとらしく真央が言うと「知ってる」と面倒臭そうに健太郎が返した。 「だから、お祝いしようと思って〜。ね、ケンタくんも一緒にお祝いしよ?」 どういうことだよ、という視線を寄越されて春一は慌てて否定した。 「あ、その、だから、すみません、ありがたいんですけど、今日は…」 春一の様子を見て、健太郎はそういうことか、と言わんばかりに、はぁ、とため息をついた。 「今日はオレが祝うに決まってんだろ」 「そう、今日は健…えっ?!」 びっくりして健太郎を見上げると、本人は相変わらず飄々とした様子だ。この言い方は、誤解を招く。いや、正しくは誤解ではないのだが、当然二人の関係を公にすることはできるはずもなく春一は目を白黒させた。 「健太郎?えっと、違うんです、あの、なんていうか…」 慌てて言い訳を探す春一を、慧佑も真央もなんとも生ぬるい目で見てくる。 「いいよ、ハル、ほっとけ」 「いや、ほっとけってなんか変な勘違いを…」 「こいつら知ってるから」 「えっ?知ってるって何を…?」 「オレたちのこと。知っててからかいたいだけだからいちいち相手すんな。特にそっちのちっこい方」 「ちっこいって何それケンタくん、失礼」 春一はフリーズした。 知ってる?オレたちのこと…?えっ…オレたちのことって、アレだよね…?その、付き合…つき、付き合ってるって…。 何でもないことのように健太郎が言うが、春一は理解が追いつかない。 健太郎があの二人に自ら言うだろうか…いや、言わないだろう。春一だって誰にも言っていない。ということは、そんなにバレバレな態度をとってたのだろうか。 公私混合しないよう気をつけていたはずなのに…。 「聞いた〜?五香さん。『オレが祝うに決まってんだろ』だって!束縛する男は嫌われますよね〜」 「ね〜」 慧佑と真央は顔を合わせてニヤニヤしている。 呆然とする春一の手を、健太郎は無言で引っぱってその場をあとにした。 「何でーーーーー?!」 撮影が巻きも押しもせずほぼ時間通りに終了すると、春一の運転する車で帰宅することになる。 その車内、二人きりになった途端、春一は叫んだ。 「何であの人たち、ぼくらのこと知ってるの?!しかも、そのこと健太郎は知ってるの?!」 後部座席に座る健太郎にもよく聞こえるくらい大きな声を出すと、ハァというため息と共に返事が返ってきた。 「…なんか、雰囲気でわかったらしい」 「雰囲気ー?!」 そんなぼやっとしたものでわかるのかどうなのか。あの二人がそれで気がついたというのなら、他にもそう思っている人がいるんじゃないか。春一は思わず眉間にシワを寄せる。 「大丈夫だって。気づいてんの、あいつらくらいだから」 春一の思考を読んだように健太郎が宥めてくるが、それでも落ち着かない。 恨み言のように春一が「何で、何で…」とぶつぶつ呟いていると、健太郎がスモークで覆われた窓からぼんやり外を眺めつつ、ぼそっと言った。 「それに、オレはバレても気にしないけど…」 「健太郎…」 信号に引っかかり、車を停める。それと同時に春一は振り返りじとっとした視線を投げた。 「もー…バレたら一巻の終わりだよ?!」 「…ハイハイ。あ、いつものスーパーんとこで降ろしてもらっていい?ハル、車置いて先帰っててよ」 「ん、ああ、買い物?手伝おうか?」 「いいよ。先帰ってて。もしくはどっか出かけてきても」 そう言って健太郎がニヤリと笑う。 「何たって、本日の主役ですから」 主役慣れしていない春一は、そんな風に言われると何だか照れてしまう。 今の今までぶつくさ言っていたくせに、健太郎の一言で一瞬にして頰が熱くなるのを感じながら、車を走らせた。 それから、本屋に寄り道し、売れているという小説を一冊買って春一は帰宅した。けれどもまだ健太郎は帰ってきておらず、どれだけ買い物をしているのかと気になりながら、買ってきた本を開いた。健太郎の帰宅を待ちながらの読書はあまり集中できなくて、時間のわりにページが進まない。すると、数ページ読み進めたところで、「ただいまー」という声が聞こえ、春一はバタバタと出迎えた。 「おかえり。わ、随分…」 帰ってきた健太郎は両腕に買い物袋を抱えていた。重いであろう荷物も、健太郎が持つとそれほど重そうに見えないのだが。 とはいえすぐさま片方の買い物袋を請け負って、キッチンへ運ぶ。 中からハンバーグの具材と思しき物を取り出してテーブルへ広げると、春一の仕事はそこまで、とばかりに健太郎が言った。 「向こうでテレビでも観てろよ…」 「えー、いいじゃん」 仕事柄、テレビがつまらないとは言わないけれど、テレビよりも料理をする健太郎の姿を見ている方が楽しい。 春一を号泣させる玉ねぎも、健太郎ならあっという間に刻み終えるし、卵も片手で簡単に割る。 しかもそれをやっているのがとてつもない男前なのだ。なんだかちょっとしたショーを見ている気分になる。 「…ハル…ずっと見てんの?手伝わせるよ?」 見ていることが気に食わないのか、健太郎が少し口を尖らせた。 「いいよー」 けれども春一としては健太郎の手伝いをすることが嫌ではない。むしろ出番があるならいつだって登板する気満々だ。 「…いいのかよ…」 健太郎としては、春一の誕生日だし全部自分でやってあげたい気持ちがある反面、手伝いがあると助かるのか、しばし考えたあと答えを出した。 「…ま、いいか。そしたら手を洗ってこれ混ぜて」 「オッケー!」 渡されたのはひき肉やら炒めた玉ねぎやら、その他諸々、色々入ったボウルだ。 「重要任務だからな」 「任せろ!って、どのくらい捏ねればいいの?」 「オレがいいって言うまで」 「なんかスパルタっぽい…」 一生懸命春一がハンバーグを捏ねる横で、健太郎がじゃがいもをくし形に切って揚げ物の準備を始める。 「もしやフライドポテト?」 「正解」 春一は思わず「わ〜」と感嘆の言葉を漏らした。 熱した油の中に下ごしらえをしたじゃがいもを入れると、ジュワーと大きな音が出る。 それから揚げ物の匂いが部屋中に広がって急にものすごく空腹を感じた。 「ああ、唐揚げも食べたくなっちゃった…」 「唐揚げぇ?鶏肉冷凍してるからなぁ」 揚げ物の様子を見ながら、「今度なー」と呟く。 それから春一のボウルと覗き込んで「もういいよ」と指示を出す。 「それを四等分にして、ハンバーグの形にして」 「おっけー」 と返事はしたものの、餃子のときも思ったのだが春一はどうもこういう成形作業が苦手らしい。 「なんか…ぐしゃぐしゃになる…」 と困った顔をしている春一の頰にはなぜか、挽肉が付いている。 それを見て、健太郎は堪えきれず吹き出してしまった。 「…ハ、ハル、何遊んでんだよ?」 「ええ〜…」 「肉、付いてる」 頰に付いているそれを「ほら」取ってやると「なんかムズムズしてさ〜」とまゆ眉を顰めた。 「わかるわかる。なんで肉捏ねてるときって顔痒くなんだろーな」 「それ!!」 「いいよ、代わるから」 そう言って春一の手に付いているハンバーグの種を健太郎がこそぎ取る。 「あ、ハル」 「何?」 ぱっと春一が顔を上げると、一瞬のうちに、ちゅ、と唇と唇が触れた。 「……な、何?!?!?!突然何なの?!」 今更キスくらい、な筈なのに、不意打ちでされるとカーっと顔を真っ赤にしてしまう。 「…可愛い」 ふっと健太郎が笑みを浮かべる。 柔らかなその表情に春一の鼓動はますます早くなった。 「かっ、かわいくないしっ!!!もう、いきなりすんなって!!!」 顔を覆いたいところだが、両手を健太郎に握られたままではにっちもさっちもいかない。 「じゃあ、宣言したらいい?」 「や、そういうんじゃ、」 「キスするね?」 「んっ…」 イエス、ノーの返事を待たずして、再度健太郎がキスをする。 拒否の意味はないが、ただ少し驚いて、春一が思わず仰け反ると、それを追うように健太郎が深く口付けてきた。 きっと両手が空いていれば、後頭部をぐっと抑えられているのだろうが、二人ともハンバーグ種で手がべちゃべちゃだからそういうわけにもいかず、その代わりと言わんばかりに、握られた手に力が籠る。 突然のキスに驚かされたし、照れはあるけれど、春一だって健太郎とするキスは好きだから、イエスかノーかと聞かれたら「イエス」と答えただろう。 しかしそもそも、『していい?』ではなくて『するね?』。 端から春一の回答を待つつもりないのない問いかけ。 一昔前の春一だったら、健太郎のそういうところに「はぁー?!」と息巻いたかもしれない。 けれども、いつの頃からか、そういうところが嫌じゃない…もっと言うと愛しく感じることに春一は気が付いていた。 普段は飄々としているのに、春一にはちょっと強引で、ちょっとワガママで。 でも、すごく優しい。 愛情を交換するような唇を名残惜しそうに離すと、健太郎がぽんぽん、と軽く手を叩いた。 「ほら手、洗って。ハルのお手伝いはこれで終了」 「もう出番なしかぁ」 残念そうに…実際少し残念に思いながら春一はボヤいた。 すると健太郎がはっと何かを思い出したように「ああ、もし手が空いてたらなんだけど」と言い出して、春一は、まるで初めて母親のお手伝いをする子供のように目を輝かせた。 「ん?何?」 「いつでもキスしにきて」 健太郎がニヤリと笑う。 げんなりとした表情を浮かべ「バカ言ってる」とあしらう春一に健太郎は尤もらしいことを言った。 料理には空腹よりも愛情が一番のスパイスなのだ、と。

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