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閑話

これまでずっと目を瞑っていたが、そろそろ限界だった。 春一が健太郎の家に来てからこっち、役立たずすぎて肩身が狭い。狭すぎる。 そもそも家賃。 当初は春一としては半分払うつもりでいたのだが、「これまでと変わらないので不要。気になるなら、じゃあ水道光熱費を出して」と突っぱねられた。 とはいえさすがにそれはあまりにも、と思い、話し合いの結果、これまで春一が一人暮らしの際に支払っていた家賃分を健太郎に支払うこととなった。 そして家事…はこれこそほとんど春一の出番がない。 もしも、この恋人が可愛い女の子だったら、料理はキミがやって、力仕事はぼくがやるよ、という分担ができたのかもしれないが、生憎、力仕事も電球の取り替えも圧倒的に健太郎の方が向いている。 じゃあ、イヤだけど、某害虫駆除担当…と思っただけで鳥肌が立つ。この家に来てまだ見かけたことはないが、恐らくそれに関しても山育ちの健太郎が無言で退治してくれるだろう。 今もまた、何やら手際よく調理している健太郎の背後で、出番があればいつでも出動する、とばかりに待機しているのだが、今のところ要請はかからない。 「健太郎、ぼくもみそ汁くらい作れるよ…?」 「や、大丈夫」 自ら名乗りを上げてもこれだ。 恐らく健太郎の中で手順が決まっていて、春一のような慣れない者が手を出すと邪魔になるだけなのだ。 「…ハル…風呂沸かして入ってくれば…?」 じっと要請を待っている春一の視線が痛いのか、健太郎が代替案を出してきた。 「…入るけど…」 「けど…?」 「なんか、何でも健太郎にやってもらってばっかりじゃ肩身が狭い…」 本音を零したところで、健太郎は少し苦笑いを浮かべた。 「別に気にしなくていいって…」 健太郎はこう言うが、甘えてばかりもいられない。 うーんと無意識のうちの唇を尖らせながら、何気なくテーブルにあった2枚のレシートを眺めた。 今晩は鯖味噌にすると言っていた。 その言葉の通り、サバや生姜などの食材が記載されている。 そして、もう一枚のレシートはどうやら本屋のもののようだった。 「何か本買ったの?」 「ああ。警察の現場検証の本があったから、参考になるかと思って買ってみた」 「お、偉い」 以前は台本を読むだけで精一杯、という様子だったのだが、このところは慣れたのもあるのか、作品に関する知識を積極的に身につけようとする姿が見受けられ、春一は内心その成長を喜んでいる。 その分自分の居候感が更に辛い。 健太郎が腰に手を当てながら鯖味噌の味見をしている。 納得したのか、小皿に少し取り分けて春一にも味見を促してきた。立ち上がり春一も味見をすると、鯖の生臭さはほとんど感じず、程よい塩気とふんわりとした甘さが口のの中に広がった。 「美味しい!」 ストレートに告げると、健太郎は満足したらしく、ニッと笑った。 「立ち上がったついでに風呂入れてくる」 仕方ない、今の自分にできることはそれくらいと諦めると「あ、ついでにレシート捨てといて」と健太郎から声がかかった。 さすが掃除魔の健太郎(春一がやらなすぎるという説もある)。出たゴミはすぐに捨てるのが部屋を汚さない基本なのだろう。 食材のレシートを捨て、風呂を入れ戻ると、残しておいたはずの書籍のレシートがなくなっていて春一は「あれっ?」と声をあげた。 「ん?」 「レシート…」 「捨ててって言ったじゃんか…」 「えっ?捨てたの?」 「はっ?」 何で?!という反応の春一を見て、健太郎は不可解な物を見るように眉根を寄せた。 そしてそれ見て春一は、何か思いついたかのように手をぽんと打った。 「…コレだ…!」 「えっ?」 「健太郎、書籍のレシートは基本捨てないで」 お仕事スイッチの入った春一がびしっと言うと、「あ」と健太郎も気がついたようだった。 「だいたい捨ててた…」 「…やっぱり…」 役作りのために購入した書籍は経費として落とすことができる。 春一は一応サラリーマンだが、健太郎は個人事業主であり確定申告をしなければならない。 ーー入ったお給料全部使っちゃだめだからね!後からすんごい金額の税金引かれるからね! この仕事を始めるにあたり、十分注意するよう伝えたことの一つだ。 高校を卒業したばかりの健太郎にとって「後からすんごい金額の税金が引かれる」というのは、なかなか恐ろしことだったらしい。春一の目から見る限り、贅沢もせず慎ましやかに暮らしていた。 初年度はそれほど収入がないせいもあり、また元々贅沢な暮らしをしてきたわけでもなく、家事全般が一人でこなせる健太郎にとって、そういう生活は全く苦ではなかったらしい。 さすがに今はそれなりの収入があるだろうが、春一の忠告を守っているのか今でも贅沢をしている印象はない。 時間の許す限り、慎ましやかに鯖味噌を作ったり、筑前煮を作ったりしている。 「もしイヤじゃなければ帳簿付け、ぼくがやるよ」 「え、でも…」 「ぼく一応簿記の資格持ってるんだよね」 「へえ…」 簿記、と言われても、お金に関する資格なんだろう程度であまりピンとはこなかったが、春一がそんな資格を持っていることは、健太郎にとって新たな発見だった。 そういえば以前春一の通っていた大学を聞いたことがあるが、健太郎でも名門大学として名前を知っているところで、学部は経済だか商学だか、そんな感じのことを言っていた。 大学に進学していないどころか、するつもりすらなかった健太郎からすれば、何を勉強したのかはわからないが、少なくともマネージャー業とはなんら関連性がなさそうである。 「もちろん、お金に関することだから健太郎がイヤだったら無理にとは言わないけど…」 春一が遠慮がちに言うと、しばし考えたあとで健太郎が「じゃあ…」と口を開いた。 「お願いしようかな…。別にハルに見られて困るものはないし、面倒な作業だからやってもらえるのはすごく助かる…。けど、ハルの仕事が大変だったら無理にしなくていい。家事はオレが好きでやってることだし…」 健太郎の言葉を聞いて春一はほっとした。 それからわざとドヤ顔で 「まあまあ任せなさい。取得だけして一切活用していない簿記の知識を、特別に健太郎のために総動員させましょう」 と言うと、健太郎が「何だよそれ」と笑った。 かくして、春一は役立たずの居候からジョブチェンジし、健太郎の経理担当となったのだった。        

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