その後撮影が巻きで終わり、春一は一旦健太郎を家に送ってから事務所に車を返すことにした。 それならば、健太郎はわざわざ送らなくていいと言っていたのだが、仕事なので、と伝えるとそれ以上何も言わなかった。車中の話題は主に本日の夕飯についてで、「生姜焼きを嫌いな人などこの世にいるのか」という話になった経緯から、豚の生姜焼きになりそうな気配だった。 事務所には車を置くだけにしようと思っていたが、寄ったら寄ったでちょっとした雑務が気になり30分弱程度済ませたあと、電車を使い帰宅した。 「ただいま〜！」 玄関を開け早足でキッチンに向かうと、健太郎が少し口角を上げ「おかえり」と声をかけてくれた。 「もうできるぞ」 「わ〜！ごめん、待たせた？」 「や、丁度いいくらい」 春一は急いで上着と荷物を部屋に放り込み、手を洗って戻った。 丁度帰宅に合わせて豚肉を焼き始めてくれたらしい。食欲をそそる生姜焼きの匂いが部屋中に充満した。 「ハル、荷物ぶちこんできただろ…」 健太郎が少し呆れた顔をしている。 春一は幾度となく「ジャケットかけておかないと皺になるぞ」と健太郎から注意されていたが、そんなことはお構いなしに今日もぶち込んだ。 へへへ、と笑い「ご飯つけるよ」と誤摩化して茶碗を取り、ご飯やらみそ汁やらをダイニングテーブルに並べる。 「いただきます」 と声を合わせて食べ始めれば、やはり「生姜焼きを嫌いな人っているの？」という話になる。 「ほんと、生姜焼きって間違いないよね。何入ってるの？生姜と醤油とお砂糖？」 「オレは蜂蜜にしてる。あとは酒とかみりんとか」 「へ〜！」 さすが料理男子。普通のことなのかもしれないが、春一からすると「甘い＝砂糖」だけではないのだな、と妙に感心してしまう。 「手間かかるんだねぇ」 春一の何気ない言葉にどうしてか健太郎が「いや…」と一瞬間をおいて、気まずそうに言った。 「………すぐできるやつがいいと思って……腹減ってたし…」 別にそんなことを責めるつもりは全くないのになぜだか言い訳をするような健太郎に春一は逆に恐縮した。 食事を終え、お腹が落ち着くまで少し休んでから、食器を片付けるため春一は立ち上がった。 なんとなくの流れで、食事を作らなかった方が後片付けをするようになっていた。要するに、春一が片付け係である。 「簡単なら今度生姜焼きのレシピ教えてよ」 カチャカチャ、と食器を洗いながら背後の健太郎に話しかける。 「…いいけど…でも全部目分量だからなー…」 「でた、目分量！」 どうでもいいような話をしながら食器を洗い、そそいでいると不意に背後から腰を抱きしめられる。突然のことに、春一は手にしていたお椀をシンクに落としてしまった。 「…！ちょ、け、けんたろ、危な…」 たまたま手にしていたのが木製のものだったから割れずに済んだものの、これが陶器だったら割れていたかもしれない。 「…いいじゃん、またオレが作るし…」 肩に顔を載せ、耳元で低く甘く囁く。ビターチョコレートが脳の中で蕩けるようだ。 一気に血が沸騰したかのように、カッと体中が熱くなる。 「じゃ、邪魔すんなって…！」 振り向くこともできず強がっても、健太郎は動じた様子もない。 「ね、一緒にお風呂入ろうよ」 「えっ…！？」 ゆらゆらと健太郎が甘えるように体を左右に揺らすと、自然春一の体も揺れる。 「ねっ？」 強気で来られると跳ね返せるが、甘えられると弱い。 そんな春一の性格なんかお見通しとばかりに健太郎が甘えた声を出す。 「…いいけど…」 春一の絞り出したように返事をすると、頬にちゅっと唇が触れた。 「ありがと」 「じゃ、お風呂入れてきてよ」 「もう出来てる」 「そうなの…」 なんと用意周到な、と思う気持ちもあるものの、こうしてスキンシップを取るのは嫌いじゃない。 普段は風呂なんか面倒くさいからシャワーでいいと思うが、健太郎と一緒ならそういう風には思わないのが不思議なところである。 「そしたらぼく食器片付いたら行くから、先に入っててよ」 「…了解。じゃ、待ってる」 ＊＊＊ 食器を洗い終え、キュッ、と蛇口の水を止めた。想像すればするほど、顔が熱くなる。 ーーお風呂かぁぁ… しかし、よくよく考えればおかしな話だ。 例えば銭湯やサウナで他の男性と一緒になっても何ら恥ずかしくない。 いや、もっといえば、こんな関係にならなければ健太郎とだって何とも思わなかっただろうし、健太郎以外なら、女性と入浴する方がよほど戸惑いがある。 そもそもこれまで、自分のセクシャリティについて深く考えたことなどなかった。なぜなら、考える必要もなくこれまで好きになった人は全て女性だったし、いつか女性と付き合い、セックスをすると思って疑わなかった。というか疑う余地がなさすぎて考えようと思ったこともなかった。 まさか、女性を識る前に、男性を識ることになるとは、春一の人生設計において予想外すぎる展開なのである。 健太郎にしたってきっとそうだ。 先般、初めて寝たとき「男は初めてだ」と言っていた。確かに化粧の匂いが好きではないと言ってはいたが、それにしたってそれまで相手は女性だけだったということだろう。 元々ゲイではなかった二人が、こうして恋人となるなんて。 健太郎はどう思っているのか、風呂場で訊いてみよう、と春一は思った。 折戸のドアを開け浴室に入ると、むわっとした湯気に包まれた中で健太郎がバスタブに浸かっている。 自身が裸眼なのに加え湯気のせいもありその姿がぼんやり見えた。 水も滴るなんとやら、という言葉通り、濡れた髪を掻き上げて、バスタブの縁に腕をかけている健太郎は想像以上にセクシーで、無駄にどぎまぎしてしまう。 「遅い」 不満げに漏らす健太郎に、平静を装って「そう？」と言い返す。 「オレを茹でだこにするつもりかよ？」 縁にかけていた腕を組み、その上に顔を載せる健太郎を横目にシャワーを浴びた。 すると、バシャバシャと音をたて、健太郎が浴槽から立ち上がった。 「もう出るの？」 「んなわけあるか」 ぱっとシャワーを奪われ、ジャーっと頭からお湯をかけられる。 「わっ…ぷっ…」 「頭、洗って差し上げますよ」 言葉遣いは丁寧だが、動きは大雑把だ。顔を拭っても拭ってもお湯が降り注ぐ。 「いいって！」 「いいから！」 何度かそんな押し問答をしたところで、健太郎が全く譲る気がないのがわかると、腕っ節では絶対敵わないのだからこれ以上抵抗しても無駄だと悟り、春一は大人しく身を委ねた。 シャンプーを泡立て、わしゃわしゃと春一の頭皮をマッサージする。 心地いいのに、触れたところからじわじわ熱が灯り体が落ち着かない。 無意識のうちに、う〜、と苦虫を噛み潰したような顔になってしまっていた。 「お客様、どこか痒いところはありますか？」 「ありません！」 はーい、という返事と共に、再びシャワーの湯が降ってきた。 その後トリートメントをしたあとに、次は体を洗うと言い出したので、春一はそれはさすがに、と断固拒否した。 ようやく落ち着いて二人揃って湯船につかる。 ここまでくると、春一の方も慣れてきて、浴室に入ったばかりのときのような動揺はなかった。 男二人が向かい合って入るには少々狭い浴槽だったので、春一は健太郎に背を向けると、背後から抱き込まれた。 風呂の湯も暖かいが、背後の健太郎の体温の方が春一には暖かく感じた。体を預けると、トクトク、という心臓の音が響いてくる。 「ね、健太郎」 呼びかけると「んー？」と背後から返事が聞こえた。 「健太郎は元々ゲイではないんでしょ？」 「ああ」 「ぼくだってこれまで好きになった人は全員女の子だったよ」 「…へぇ〜…」 何か言いたげな健太郎を無視し、春一は話を続けた。 「なら、お互いバイってことなのかな〜」 「ま、カテゴリーは何でもいいんじゃね…？」 そう言うと、健太郎が春一の前髪を搔き上げた。ぱちゃぱちゃと水音がする。 「…まぁ、そうなんだけどさ。…ぼくさ、思うんだけど」 あ、ちなみに何かの神様を信じてるわけじゃないんだけど、と言い訳するように付け足すと、健太郎が「わかってるよ」と言って「どうぞ」と言う代わりに手を前に出して話の続きを促した。 「もし、運命の神様がいたら、こだわりすぎて多くの人には理解されないクレイジーな作品を撮る映画監督みたいなタイプか、全くやる気が無さ過ぎて、全てにおいて采配が適当なタイプかどちらかだと思うんだよね」 「なんだそれ」 ふっと健太郎が笑ったようで、耳朶に息がかかり、一瞬肩をびくっと上げてしまった。 それを隠すように振り向いて、春一は力説した。 「だから、たまにぼくたちみたいな関係が生まれるんじゃないかなって」 元々ゲイでもない。男性を好きになったこともない。 そんな二人がこうして出会って、恋人になるだなんて、運命の神様の采配としか思えない。 「へえ。…だったらオレは監督タイプがいいな」 それこそ神に愛され、創られたような美しい男が、至近距離でゆったりと微笑む。 「…ぼくも」 誰にも理解されなくても、譲れないのだ。 自分には彼が、彼には自分がなくてはならないものだというのは。 どちらともなく唇を寄せ、ちゅっ、ちゅっ、と数回啄むようなキスをしているうちに、どんどん深くなってゆく。 「…んっ…」 侵入してきた舌は、歯列をなぞり、春一の舌の裏へ回る。 ぎこちなく応じ、絡めると唾液を吸うように強く吸われ、背筋がぞくぞくとした。 春一を抱きしめていた手が体中を撫で回し、胸の尖りに触れたところでそこをきゅっと摘みだした。 「…あっ…！や、…ちょっと…！ちょっと、待って…」 「もうダメ、待てない」 「あ…んっ…」 その言葉通り、気がつくと春一の臀部の辺りに硬いものが当たっていた。 「どれだけ『待て』させられてると思ってんの？」 既に芯を持ちツンと尖った乳首を、くにくにと捏ねられたり、摘まれたりすると、否応無しに反応してしまう。 その様子を愉しむように手は止まらない。 「あっ…ああっ、ダメ、…んっ」 ばしゃばしゃ、という湯の音と淫らな声が浴室に反響する。 躯をくねらせ、逃れようとしても放されることはない。 「ダメじゃないだろ…」 そう言いながら、既に欲望で形を変えた春一の熱の塊を握ると、鈴口を親指でぐりぐりと押し込んだ。水中でもトロトロと溢れ出るものがある。 「こんなにして」 「やっ…ああっ…！あっ、だめっ、イっちゃうからっ！」 涙目で懇願しても、手の動きは止まらない。 それどころか射精を促されるように扱かれ、耐えられず白濁を放つ。 水中にふわっと煙のように浮かんだそれが妙に生々しく、目を背けた。 「風呂で射精すんの初めて見た」 「…バカ…」 呼吸も整わないまま、批難の言葉をぶつけたが、健太郎は全く気にする様子もなく、ボディーソープのボトルをバスタブの縁に置いた。 体を引き上げられ、ジャバッ、と勢いよく湯が一緒に跳ね上がる。 「なになになに？！」 達したばかりの体では足下がおぼつかないが、引かれるまま立ち上がると壁側に手を付き、尻だけ突き出すような体勢を取らされた。 「えっ、ちょ…」 慌てる春一の様子をよそに、背後から手を回される。 ボディソープを取った健太郎の手がヌルっとした感触が脇腹を通り抜け、思わず「ひゃっ」と声を上げてしまう。 そのまま感じる場所を触れられたら、想像するだけで下半身がぞわぞわし背筋がピンと張りつめ、春一は小さく首を横に振った。 「…あっ、だめ…」 「ん？何が？」 耳元で囁く声が少し掠れていて、セクシーでたまらない。 「ひっ…！あ…あ、やぁ…」 程なくしてその手が乳首に触れる。 ヌルヌルと捏ねられる感覚が想像以上に刺激的で、感じる体が強ばっていく。 「どっちも勃ってきた」 「う…んっ、」 その言葉通り、弄られている乳首だけでなく、一度達したはずのそこもまた兆し、蜜が流れ始めている。 耳朶をれろっと舐められながらそうされて快楽に飲まれているうちに、気がつくと健太郎の手は春一の尻たぶを揉みしだいていた。 これから迫り来る刺激に緊張すると、「力抜いて」という声と共にナカに何かが入ってくる感覚があった。 びくり、と反射的に体を震わせ、ゆっくり呼吸をしようと努力はするものの、はっ、はっ、とまるで犬のような短い呼吸になってしまう。 そんな春一を落ち着かせるように背骨のラインをなぞるように口づけたり、たまに強く吸ったりして、ハンドソープを纏わせた指をゆっくりと一本挿入し、コの字型に曲げたりしながら解す。 「あっ、あ…！」 こりっとしたものに触れると途端に身を捩って春一が反応を示した。 「ここ？」 「んーっ！んっ、あ…ぅっ…」 最初はお腹の辺のずんとした違和感だったものが、まるでふつふつと沸騰する湯のように、次第にざわざわと全身の毛が逆立つような疼きに変わる。 そう、もう知っている。 これは苦しい行為ではないことを。 程なく自分がわからなくなるほど乱れる、甘い官能がやってくることを。 いつの間にか指の本数が増え、巧みな動きでナカを掻き回されると堪えきれず腰を揺らして健太郎を求めてしまう。 「あっ、もっ、けんたろ…っ、来てっ」 振り返って懇願すると、余裕のない表情をした健太郎がいた。 「あんま煽んなって…」 「…！あっ、」 指が抜かれた感覚があったかと思うと、窄まりに熱いものが宛てがわれているのがわかる。 「挿れるよ」 言われたかと思ったら、先ほどまで甘く解されていたところに衝撃が走り、春一は思わず息を飲んだ。 「――！っ…！」 「ごめっ…っ、」 指先が白くなるほどぐっと力を入れ浴室の壁に縋りながら挿入に耐えていると、頭を優しくなでながら頭頂部にそっと唇を落としてくれた。 優しく甘やかされる感覚に、力んでいた春一の体がふっと弛んで、それを感じ取った健太郎は自身をぐっと押し進めた。 「くぅ…っ…」 一度飲み込めば、その先はトロトロと蕩けてゆくことを知っていたから、じわじわと進めるより一気に入れた方が苦痛が少ないという考えは当たっていたようで、ついさっきまで苦悶の声を漏らしていたはずが変化していく。 「あっ…そこっ…ああっぅ…！」 太いところがナカのいいところをこりゅっと掠めるたび、身を捩り、甘く啜り泣くような喘ぎ声をあげて快楽を伝える。 「…っ、…いい？」 自分ではどうしようもないのだろうけれど、ナカは熱くうねり健太郎を追いつめる。 「あっ、あっ、い、…いいっ」 ぎりぎりまで引き抜いて、深く打ち込むと、大きく体が跳ねた。 愛液を垂らす前を握り、溢れ出るそれを塞ぐかのようにぐちゅぐちゅと撫で回すと、堪えきれないようにガクガクと足を震わせる。 「…や、あ、それっ、ダメ、」 前からも後ろからも責められる快感に耐えられないと、頭を横に振って制止しても止まることはない。輪にした指がカリを通る度、高まる射精感に腰をくねらせた。 「ひゃっ！ああっ…も、っ…」 「イきそ？」 打ち付けられる速度も徐々に速くなっていく。 「ん、ん」と首だけ縦に振り、限界を伝えた頃にはぶるっと体が震える。 白く濁った液体がびゅ、と勢いよく弾け出た。 「あっ、や、――ああっ…！」 「っ、すご、食いちぎられそ…」 恐らく健太郎の方も限界が近いのだろう、逼迫した様子が伝わるが、意識の朦朧としたところに何を言われても理解ができず、ただハアハアと荒い呼吸を繰り返す。 「…中、出していい？」 「ん…」 問われたことに無意識に首肯する。 「…っつ…――！」 それから間もなく、ナカに熱いものが注がれ、小さく叫ぶ。 「ひゃ…ぁ…ああ――…」 高熱で溶けた鉄のように、下半身からどろっと溶けていきそうだった。 そのまま頽れそうになる春一の体を、健太郎が支え、ゆっくりと湯の中に戻る。 今度は向き合ってから、残った力で健太郎の首にしがみつくと、ぐずる子供のように顔を胸に埋めた。 「どうしたの…？」 「…溶けそう…」 「え？」 「こうしたら、溶けて…本当に一つになれそう…」 トクトク、と規則正しい健太郎の心拍数に耳を傾けそっと目と閉じる。 少しずつ落ち着いていくその音が心地いい。 健太郎が濡れた手で何度も髪を撫でてくれる。 その感覚も心地いい。 「あ…」 思い出したかのように春一が声を出すと、「ん？」と健太郎が顔を覗き込んできた。 「…ハンバーグ…」 「なに？」 「ハンバーグがいい…誕生日は…」 春一の言葉に健太郎が小さく笑った。 「了解」 額にちゅっ、と口づけられ、ぎゅっと抱きしめられる。 徐々に遠退いて行く意識の中で、堪らなく零したような健太郎の声が聞こえた。 「ほんとに…かわいい…。愛してるよ」 ――愛してる。 春一も伝えたかったが、口にすることがないまま意識が途切れた。