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Pro.子供の頃の話

「そろそろ(サク)とは、バイバイしないといけないんだ」 「やだ! オレ、おにーちゃんと離れたくない!!」  小さな子供特有の、やわらかくてプニプニを、まだ残している頬っぺたを膨らませて、必死に駄々をこねる子供と、困ったような苦笑で子供を見つめる青年。  傍目には県外の高校を受験して家を出ることになった兄と、そんな兄が大好きな歳が離れた弟、といったところだろうか。  でもこの2人は兄弟ではないし、そんな話をするには10月という季節は、少し的外れにも思える。  青年の方は困ったような苦笑のまま、自分が咲と呼んだ子供の頭をやさしく撫でた。  でも咲の怒りは大きいらしく、「それくらいじゃ騙されないもん!」なんて言わんばかりに、ジト、涙を溜めた大きな目で青年を睨んだ。 「なんで遠くに行っちゃうの? 遠くってどこなの?」 「遠くは遠くだよ」 「それじゃ分からないよ」 「……ああ、もう。しょうがないなぁ。誰にも言わない?」  根負けしたように「しょうがないなぁ」と言った青年だけど、その声はとてもやさしいし、浮かべているのは苦笑から微笑みになってる。  咲のふくれっ面も、すっかり萎んで、笑顔で「うん」しっかり頷いた。 「オレはね、吸血鬼なんだよ」 「きゅーけつき?」 「そう。人間じゃないんだ。吸血鬼が暮らしてる世界に1度帰らないといけなくなったから、咲とは今日でバイバイなの」 「オレ、おにーちゃんが きゅーけつきでも、怖くないよ? 一緒にいたいよ?」 「咲……」 「おにーちゃんと一緒にいられるなら、なんにも怖くない!!」  まっすぐな目で言い切った咲に、青年は真剣な顔を返した。そっと、自分よりももっともっと小さな咲の手を取って、自分の牙で軽く触れる。傷をつけてしまわないように、気を付けて。 「咲。もしその気持ちが変わらないなら、オレのこと、待ってて? 咲が17のハロウィンの日に迎えに行くから」 「10年以上も待たないといけないの?」 「吸血鬼の花嫁は16にならないとなれないんだよ。咲の気持ちが変わるかもしれないし、1年はその分。ただ1つだけ約束してね」 「……なあに?」  首を傾げる咲の頭を、青年はやさしく撫でて、微笑んだ。 「特に17のハロウィンは絶対に。ハロウィンの日に仮装をしちゃいけないよ。それは人間のお守りで、オレ達みたいな魔族が連れ去れないようになっちゃうから」

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