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Epi.果たさせなかった夢物語

 0時を何分か過ぎた頃、ぷつんと張り詰めていた糸が切れたように、(サク)は泣き出した。なんだかんだと言って咲は“おにーちゃん”が大好きだったから。「ジンクスだ」「本気じゃない」とは言っていても、10年以上本気で17歳のハロウィンを楽しみにしていたんだろう。  吸血鬼の花嫁、なんて、おとぎばなしの部分はともかく、おにーちゃんがまた自分に会ってくれるっていうのが、咲にとっては重要だったに違いない。  だから、果たされなかった約束に、咲は泣いたのだ。  達希(タツキ)が抱きしめてもなにも言わずに。ただ、達希の胸に顔を埋めて。達希が撫でていた背中は、可哀想になるくらい、がくがくと震えていた。  少し落ち着いたらしい咲が顔を上げてしてくれた提案、「悪い。ごめんな。……遅くなっちまったし、泊ってくか?」それは、とても魅力的だったけど、断った。  少しだけ、腫れぼったくなってしまってる咲の目元をそっと撫でる。明日というか、朝には腫れてしまっていそうだ。もしクラスメイトの誰かがからかってきたら、潰そうと、達希は決めた。  結局おにーちゃんの不在は、裏切りは、幼馴染じゃ埋められない。埋められないけど、幼馴染だからこそ出来るコトもあるんだ。「ちゃんと目を冷やしておくっすよ。……あっためた方が良いんだっけ?」「おやすみ。明日も迎えに行くっす」1度咲の頭を撫でてから、達希は咲の家を後にして、でも、自宅には向かわなかった。  明るい内でも近付くのに躊躇う様な裏通りに入って、薄汚れた壁にもたれかかる。咲の涙を吸っていた服は、すっかり乾いてしまって、シミにもなっていない。  それが少し達希には惜しい気がして、胸元にそっと触れる。今は何も残ってないけれど、それでも咲が胸を預けて泣いたのは、他でもない、この自分だった。その事実に達希は、誰もいないにも関わらず、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。 「ダメっすよ。咲を花嫁にするなんて。他の誰かなら見逃してやったけど、咲だけは別っす」  1人呟きながら、達希はポケットからナイフを取り出した。  柄にも刀身にも施された細工が美しいナイフは、そんな闇の中でさえ光り輝くような銀色。そうであるはずだった。  しかし今、その刀身は血液でべったりと汚れている。折角の細工も台無しで価値は著しく下がっているだろう。それでもナイフを見つめる達希に浮かんでいるのは、幸せを体現したような、どこか恍惚とさえした、笑みだった。  うっとりとナイフを眺めながら「イヴァ」その名前を口にする。 「お前になんか、咲を渡さない。お前を咲から引き離せた。吸血鬼ハンターにだって、なった甲斐があったってモンっすよ」  そして、もう、こんなものに興味はないとでも言うように。  達希は手にしていたナイフを、吸血鬼を殺せるという銀のナイフを、その場に放り捨てた。高い音を立てて、それきり。ナイフの行方なんて達希は知らない。ただ。  ただ、ハロウィンが終わった11月1日からも、普段と変わらない咲との生活がある。それだけで十分、達希は、幸福だった。

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