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Ⅲ.果たされなかった夢物語
「咲 ー、元気出して?」
「うるせぇ。へこんでねぇよ」
ベッドの上で膝を抱えて三角座りって、十分へこんでると思うんすけど。でも指摘するような意地悪、今の咲相手に出来るワケがない。そんな事したら絶交されそーだし、咲が許してくれたとしても、さすがに「人としてどーっすかね?」みたいなのは、あるからね。
結局夕方になっても、夜になっても、おにーちゃんらしき人は現れなかった。オレの仮装大作戦をひらひら避けている咲だったけど、段々元気もなくなってたし。
それでいよいよ、夜になっちゃった。
咲はパジャマに着替えてて、三角座りのまま、時計を睨んでる。今にも泣いてしまいそう。10年以上前も、咲は、おにーちゃんと別れる時に泣いたんだっけ? オレはその現場を見てないけど、咲がおにーちゃんに懐いていたのは知ってたから、辛かったんだろうなぁ、くらいには思える。
辛かったから、おにーちゃんの約束を信じてたんだ。やっぱり。吸血鬼どうこうはともかく、もしかしたら迎えに来てくれるかもって。
だから絶対に、みんなが仮装してても咲はしなかったのに。
「つーかお前、いつまで人の家に居座る気だよ!? もう帰れって」
「えー! だってまだハロウィンは終わってないっすもん!! 猫耳と魔女っ娘、どっちがよいっすか? 小悪魔もあるよ!!」
「うるせぇ!! 空気読め! つーかそうだよ! まだハロウィンは終わってねぇの」
「イテ」
条件反射でつい言っちゃったけど、投げ付けられたクッションはふわふわで、実際は全然痛くない。他にも投げるものはあったのに、クッションを選ぶあたり、咲もホントは余裕ないんすねぇ。
10年以上待ってたんだから、当然って言えば当然なんだけど。
「咲ゥ~。もうカンネンして、猫耳カチューシャとか、付けちゃわない? そーすりゃ、楽になるっすよ?」
「変態プレイなら、明日以降で付き合うのを検討してやる。だから今は黙ってろ、達希 」
「今日じゃなきゃ嫌っすー!!」
「オレも今日だけは嫌だ」
おきまりのやり取りにも、どっか覇気がない。時計の針は無情にドンドン進んで、咲のトコにおにーちゃんが来る気配はなかった。
「でもでも、仮装さえしちゃえば」
「黙れ!!」
「……ッ、」
「……悪ぃ」
びっくりしたぁ。付き合いは長いし、毎年チョッカイ出してたけど、こんなに叫ばれたの初めてっすわ。耳元で叫ばれたワケでもないのに、耳がキーンってしてる。
そんな咲は、さっき叫んだのが嘘みたいに、しゅんて項垂れてた。
「達希がやさしさで言ってくれてんのは、分かってんだよ。分かってんだけど……分かってんだけど、まだ、もしもに縋りたい」
咲の想いは、からかえないくらいに真っ直ぐで、つまらない嫉妬心で横やりなんて入れらんなくて。
「仮装して、そのせいにしちゃいなよ」なんて、もう言えなくて。オレは結局、手に持ってた猫耳カチューシャを放り投げた。
時間は、それからすぐに0時になって、咲は約束を守ってたのに、17のハロウィンの日、おにーちゃんは、咲を迎えに、こなかった。
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