6 / 212
1-5
「やー、ごめんね~、ゆかりん! 顔が似てるから勘違いしちゃった! 俺は長谷川 冬馬 って言いまーすっ。よろしく~いぇい」
ウインクをばちーんっと決めながら自己紹介される。ゆかりん呼び……いや、ツッコまないぞ。
名乗られたので、俺も自分の軽く自己紹介をする。大したことは言っていないはずなのになぜか長谷川のテンションは上がっていった。正直怖い。未知の体験すぎる。
やり取りの中で分かったことなのだが、三浦は俺と同じA組ならしい。知り合いが同じ教室だと多少気が楽になるのでありがたい。ちなみに長谷川はB組だ。
「ごめんね~椎名きゅん~、山奥だから猿が来ちゃったみたいで~……すぐ追い返すね」
明るい調子でにこにこと笑いながら場に乱入してきた三浦は、声のトーンをグンと落とし長谷川の首ねっこを乱暴につかむ。
「わっ、ちょっ、ととと! あっ、俺ね~、春樹のイトコなんだよね~! ところで何で春樹はそんな喋り方なのウケる」
春樹が三浦の下の名前だと思い出し、長谷川の発言にようやく頭が追い付く。自然と三浦の方へ視線が向けるとそこにはがちりと硬直した三浦の姿がいた。長谷川はチャンスとばかりにするりと腕を抜け、俺に近づき両手をとる。
「いやー、しかし最高だねっ! 会長補佐の双子の弟? 何それ萌えの塊じゃんフォーッ!!」
何やら分からないが歓迎されている。
「あっ、そうだ! 明日ゆかりんは職員室行ってから教室? 行くなら早めの方がいいよね? 何時とか言われてる~?」
握った手をブンブンと振りながら尋ねられる。よくよく思い出してみれば明日のことについて詳しく指示はされていない気がする。何も言われていないとはいえ職員室に行って担任に挨拶をしておいた方がいいだろう。
「ん、そうだね~、職員室行ったほうがいいかも」
「……? あれ、何も言われてないの?」
俺の返事に違和感を感じたのか、コテンと首を傾げて長谷川が言う。
「言われてない。編入とか少ないから対応慣れてないのかな」
「や~……、多分田上ちゃんがやらかしてるだけ……」
どこか申し訳なさそうに目を逸らす長谷川。田上が誰かを尋ねると、A組の担任だという。
「田上ちゃん、とにかく仕事しないから…う、わっ!?」
ガッと長谷川の肩に手が回されたかと思うと、そのまま締め上げられる。硬直していた三浦がすっかり復活したようだ。
「うががががががが苦じぃ……」
「さーさー、そろそろ帰ろうな~、トーマちゃん」
「いやん、どーせ食堂に晩ごはん食べに行くんでしょー。一緒に行こうよ春樹ぃ」
「はっはっは、うるせぇ帰れ」
「きゃーやだ辛辣ぅ」
夕飯か……。今の時間は8時だからもうとっくに食べていてもおかしくない時間だ。確かに腹が減った。そう意識すると不思議なもので途端に空腹感が強くなる。
ぎゅるるるる……
それは三浦も同じだったようで腹の鳴る音がした。
「……食堂、いこっか~」
気まずそうに三浦が言った。
*
夕飯にしては遅い時間だからか、食堂にいる生徒の数はまばらだ。それでも俺の顔は目立つらしく、ざわざわと動揺する声が聞こえる。やはり円が役職持ちの目立つ生徒だからだろう。長谷川は周りでざわつく生徒を見、「わかる~、桜楠補佐が金髪になったのかと思うよね~、思うよね~」とテンション高めに小躍りする。そんな長谷川をうっとうしそうに見ている三浦。イトコがゆえに気心が知れているのか長谷川に対する三浦は塩対応だ。
「ゆかりん、注文の仕方分かる?」
「このタッチパネルについてるリーダーにカードキーかざせばいい?」
「そーそー! 合ってるよ!」
ぐっと親指を立てる長谷川と、それを押しのけさっさと注文する三浦。徹底した塩対応に苦笑が漏れる。長谷川は慣れているらしく微塵も気にする気配がない。
「なーに注文しようかな~! ゆかりん何頼んだ~?」
「俺はドリア。三浦は?」
「俺は日替わりA定食頼んだよ~!」
今日のA定食は白米にサバ味噌、麩入りの味噌汁とほうれん草のお浸しか。定食の白米と味噌汁はお替りならしい。いかにも男子校らしいサービスだ。食べ盛りの男子高校生にとってはありがたい。
注文したものができたらタッチパネルから呼び出され、カウンターに取りに行く制度だという。役職持ちは例外で席まで持ってきてもらえるようだが。なんでも、役職持ちの生徒はその人気ぶりから食堂奥の階段の上にある特別席に座るよう決められているらしく、下に降りると他の一般生徒が混乱するためそのように決められているのだとか。
今俺をチラチラと気にしてざわめいている生徒を見るとそれも頷ける。よほど役職持ちの生徒というのは人気なのだろう。しかし、この時間帯でこんなに騒ぎになるなら今後食堂を利用するのは控えるべきかもしれない。
「円はえらく人気なんだな……」
「もっちろん! 桜楠補佐は次期会長だからね~! 選挙は5月だけどありゃほぼ内定しているようなもんだし」
手をワキワキしながら反応した長谷川に少し驚く。完全に独り言のつもりで言ったからまさか返事が返ってくると思っていなかった。
「本人の仕事ぶりもまじめで有能だし、文武両道で信頼も厚い。何より容姿が整ってるからそっち方面での求心力も強いよ~」
もの言いたげな視線を送る長谷川を睨みながら三浦も続いて答えてくれる。「いっだだだだ」という悲鳴を聞くに長谷川の足でも踏みつけているのかもしれない。
「二人は仲がいいな」
その言葉に三浦は露骨に嫌そうな顔をして否定しようとし、長谷川はそれを遮り全力で肯定してくる。
「いえっす! その通りぃ~っ!! ゆかりんだって桜楠補佐と仲いいでしょ~?」
「俺……は、」
はしゃいだような声のトーンで問われ声が詰まる。舌が口内に張り付く。自身の喉がひくりと震えた。言え、言うんだ。
唇が強張りうまく動かないのを無理やり開いた、その時。
ぴぴぴぴ、とタッチパネルが注文の品ができたことを知らせてくる。
「おっ、やったー! 取りに行こ~っ!」
──タイミングに助けられた。
ほっと一息つき、ごっはん~ごっはん~とルンルンで取りに行く長谷川に続いて席を立つ。これでこの話は流れたはずだ。
カウンターへ行くと、スタッフさんたちがどよめいた。どうやら円が来たかと思い混乱しているらしい。しかしそれは好奇によるものではなく、特別席からは注文が入っていないはずなのに、という戸惑いからであるようだ。役職持ちの円と顔が同じなのだ。もう少し配慮すべきだったかもしれないと申し訳なさを感じる。
「すみません、今年度から二年生に編入しました椎名由です。桜楠補佐の双子の弟なので何かとご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」
この際だから周りで騒いでいる生徒にも伝わればいいと思い、少し大きめの声でカウンターのスタッフさんに挨拶をして一礼する。
そしてゆっくりと振り返り、こちらに注目している生徒たちに一通り目を走らせ静かになったころを図り言った。
「皆さんも、よろしくお願いします」
できるだけ穏やかな表情を意識してゆったりと微笑む。イメージは初対面の補佐さんだ。
ほぅ、と皆が呆けているのはやはり円の影響が大きいのだろう。皮肉な環境だな、と胸中で自嘲した。
先程の長谷川の問いに胸中で答える。
好きなわけがない。
──俺は円が心底嫌いだ。
ともだちにシェアしよう!