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 青と二人、風紀室を後にする。貰ったばかりの臙脂色の腕章には風紀の二文字。見慣れないアクセサリーは視界に執拗に映りこんだ。 「…邪魔だな」 「外すなよ。ピアスもブレスレットも慣れたんだからこれだってすぐに見慣れるさ」  青に言われピアスを指で撫でる。確かにそんなものかもしれない。ピアスとブレスレットというのは俺たちColoredのトレードマークのことだ。例えば俺なら赤、青なら青色のものを見につけている。トレードマークといっても小物であるためほとんど俺たちの自己満なのだが。coloredは小規模な族だから外の族もそれが俺たちのトレードマークとは知らないはずだ。 「なぁ、(ろく)(もも)には連絡したか? あいつら心配してたぞ」 「あー、忘れてた。してない」  青の言葉で他の仲間のことを思い出す。そういえば半年ほど前に溜まり場に行ったっきりご無沙汰だった。青は知らない間に畠さんと連絡先を交換していたからそこまで気を揉んでいなかったようだが他の奴らはそうもいかなかっただろう。  緑のモヒカンを震わせながら怒る緑の姿を思い浮かべ肩を竦める。緑は体格が良く顔も厳ついくせにやたらと面倒見がいいオカン気質な男だった。電話をしたら小言がうるさいのが容易に想像できて少し面倒くさい。 「とりあえず連絡しろ」 「おー……」  電話帳から緑のダイヤルをタップする。コール音はすぐに途絶えた。 「もしもし」 「もっ、もしもし!」  緑の前のめりな声がスマホから聞こえる。それにしてもコール音、一回もしなかったぞ。電話とるの早すぎではないだろうか。 「おう、元気か」 『赤さんっ、ちょ、今どこスか!!? 心配してたんスよ!』  のんびりと声を掛けるとすごい勢いで言葉が返ってくる。思っていたより心配をかけていたようだ。 「緑、落ち着け。俺が今いるのは桜楠高校だ」 『桜楠? 青さんの?』 「あぁ」 『……そうスか。なら、ちょっとは安心っすね』  緑がほぅ、と息をつく。青の信用の高さに納得のいかない気持ちはあるがとりあえずは落ち着いてくれたらしい。 「緑、桃は?」  話を振ると、緑は「あー」と唸る。この反応からしていないのだろうか。桃は緑の幼馴染で、いつも一緒にいるからてっきり今も電話口の傍にいるかと思ったのだが。 『アイツ、タイミング悪いなぁ……。所用でちょっと今出てます』 「そっか。じゃあ俺から連絡があったって伝えておいてくれ」 『了解っす』  残念、桃はいないようだ。 『あ、そうだ。嫌だろうけど橙(トウ)にもちゃんと連絡してくださいよ。どうせまだでしょう?』 「うげ」  嫌なところを突く。橙は1個下の後輩で、俺によく懐いてくれている。本当に、本当によく、懐いてくれている。それはもう懐きすぎなほどに。好意的というよりはもはや粘着質だ。ある種の執着すら感じる。 『電話、してくださいよ。俺ちゃんと言いましたからね。奴が何をしたとしても俺にできる最大限のアドバイスはしましたから!』 「おま、やめろよ怖くなるだろ」 『じゃあそういうことなんで』  逃げるように電話が切れる。ハァとため息を零すと青がどうしたと聞いてくる。 「……橙が」 「あ~……」  言いつつ目を逸らす青に嫌なものを感じる。 「青。今から聞く質問に正直に答えろ」 「嫌だ」 「まだ何も聞いてないだろ」 「嫌だって!」  頑なに拒否する青の反応でほぼ確信する。 「なぁ、青。まさかこの学校に橙がいたりしないよな?」 「…………すまん」  いるんだな。まさかとは思ったがいるんだな。青はうなだれながら弁解する。 「ちょうど赤が溜まり場に来なくなった半年前あたりに橙に問い詰められて……」  青曰く、毎日毎日ひっきりなしにかかってくる橙からの電話に最初は出ていたらしい。答えられる情報こそなかったものの、放っておけば橙がなにをしだすか分かったものじゃないからだ。しかし徐々に電話の嵐に耐えることができなくなり止むをえず着信拒否をした。ここまでが一か月間の話だ。それに気づいた橙はどうやってか電話番号を複数入手し、再び青に電話をかけ続ける。途中から録音した橙の声が24時間流れるようになっていたという。片っ端から着信拒否にしても番号を変えられ、しまいにはポストに俺の居所を催促する紙が毎日詰め込まれるようになったあたりで『赤が来年度、桜楠高校に編入する』という情報を渡したのだという。  逆にその情報だけで橙を引きさがらせることがよくできたものだ。この一連の騒動約2か月にもわたり、その間で青はストレスで体重がごっそり減ったという。青、お前は何も悪くない。  しかしこれで理解できた。それで橙は今年の四月に新入生として晴れて入学したという訳か。橙の家は特にどこかの企業ではなかったはずだから特待生の枠でも使って入学したのだろう。末恐ろしい。何が怖いって特待生枠で軽々と入学してしまうような脳みそを持ちながら俺に固執しているところが最高に怖い。この高校の倍率の高さがその恐ろしさに拍車をかけている。 「とりあえず橙に連絡するか……」  すごく電話したくないがこのままだと寮の部屋を調べ上げて上がり込んできそうだ。  嫌々電話帳を開くと、電話の着信表示が入った。『三浦春樹』の文字に通話ボタンを押す。 「もしも~し、椎名きゅん? ちょっとさー、急いで部屋に帰ってきてくれるかな~っ」  三浦の緩い話し方にやや焦りのようなものがみえて戸惑う。何かあったのか。 「漆畑っていう1年が部屋に来ててね~?」  ウルシバタの5文字に状況を即座に理解する。漆畑(れん)、通称橙。どうやら連絡を取るのが少し遅かったようだ。

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