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 俺が部屋に戻ると、三浦は金髪の長身男に壁越しに追い詰められていた。橙だ、間違いない。橙が三浦に言い寄っているのかのような光景に、出直した方がいいかと青とアイコンタクトを交わす。 「ちょ、ちょ……! 椎名きゅん行かないで待って待ってちょちょちょ!!」 「………ッチ、運がよかったね三浦センパイ?」  帰ろうとしている俺と青に三浦は焦った様子を示す。二人の反応に、どうやら思っていた雰囲気ではないようだと理解して近づく。というかどういう状況だったんだあれ。 「遅いよ先輩。連絡とってくれないから待ちかねて来ちゃった」  橙は冗談めかして言うが「来ちゃった」ではない。お前は俺の彼女か。彼女なのか。一応三浦の手前呼び方には気を遣ってくれているらしい。 「あーっと、漆畑クン? 何で部屋に上がっているのかな?」 「三浦センパイが部屋に上げてくれたから」 「無理やり上がってきたくせに……」  ぶうたれる三浦の反応を見るに、どうやら、というか案の定橙が押しかけたようだ。 「漆畑クン、三浦に謝りな」 「誰がこんな男なんかに」 「漆畑」  他人に対して関心の薄い橙がこんなに嫌悪感を示すのは珍しいと内心驚く。いつもだったら言い争うことを面倒がってさっさと謝ることを選択するくせに。  嫌そうな顔をしながらしぶしぶ三浦に頭を下げる橙。しかし納得できなかったらしく、頭を上げ顔を見合わせてから「お前が悪い」と顔を顰める。窘めてもどこ吹く風だ。 「いいよ、椎名きゅん。確かに俺も悪いとこあるし」  困った、と眉を下げる三浦。 「とりあえず、今から冬馬発案の椎名きゅん歓迎会やるから風紀委員長と漆畑くんもどう~? 人数多い方が盛り上がるしっ」  ね? と暗にこの件の終わりを提案される。このままだと橙もむくれたままになりそうなのでありがたく助け船に乗らせていただく。 「そうだね。ところで歓迎会って何するの?」 「冬馬が作った晩ごはんを食べながらみんなでワイワイするらしいよ」 「へぇ。じゃあ俺も手伝おうかな」  俺の言葉に橙が意外そうな顔をする。横の青がなぜか自慢げな顔をしているのはスルーだ。 「センパイ料理できるんだ? 金持ちだからそんなの無縁そうなのに」 「まぁ、人並みにはできるよ」  にっこり笑って答えると、青は複雑そうな顔をする。いつもはもっと不愛想でそっけないからにこやかに応対する俺に慣れていないのだ。 「椎名の料理かぁ、食べてみたいな」 「夏目委員長は料理できないんですか。なんでもできそうなのに」  さも驚いた、というような顔をしながら青に問い返す。もちろん青が料理できないことなんて俺が一番知っている。さっき複雑そうな顔をしたのが気に障ったのでちょっとした意地悪だ。 「できないよ、」  知ってるだろ、と言いたげな顔をしながらむくれる青。これに反応したのは三浦だ。 「ちょっとびっくり~。いいんちょーって物腰柔らかいけど、堅物そうなイメージだったのにもう椎名きゅんと仲良くなってるんだね~。夏×椎? 夏×椎なの?? ちょー滾りますありがとう世界」  ちょっと息が荒い。青と俺は頭の上に疑問符が、橙は人でも殺しそうな目をしながら三浦を見ている。 「……ところで長谷川くん遅いね?」 「じき来るんじゃないかな」  三浦の言葉とほぼ同時にインターホンが鳴る。  ピンポーン、ピピピンポーン  しかも連打だ。三浦はさも嫌そうな顔をしながら玄関のドアを開けにいく。ガチャリと扉が開く音に、「ヤッホー! 皆のトーマく、え、痛いッ!!」という悲鳴が続く。三浦は長谷川に対して辛辣だから仕方がない。 「いぇーい、ゆかりんおまた~~! あらやだそういう意味じゃないのよごめんあそばせ……っていいんちょー!?と、知らない人だ!!!?」  賑やかだ。 「なんか大人数集まってるから作り始めちゃうね~」 「あ、俺も手伝うよ」 「え、ゆかりん手伝ってくれるの!? じゃあこのエプロンつけてくれる? 春樹のなんだけど」  三浦の、と言って取り出されたのはフリフリの白いエプロン。一昔前の新婚さんが付けていそうなデザインに思わず三浦を見る。 「……三浦も男の子だもんね」 「ちっ、ちょ、待って違う!」 「……いいよ、言い訳はしなくても」 「違うんだってっ、聞いて!!」  一通りからかってから聞いた話によると、中学生の時の技術家庭科でエプロンを作る実習があり、いつの間にか長谷川が三浦の裁縫キットの注文票を書き換えたために起こった事故ならしい。怒った三浦は長谷川のものと取り換えようとしたが、長谷川自身が注文したキットも同様のものだったためやむなく断念したとか。  あわれ三浦。かくいう長谷川が今つけているエプロンは黒のシックなデザインのものだ。なんだか納得がいかないが手伝うと言ってキッチンに乱入したのは俺だから甘んじて着用することにする。  ふりふりのエプロンを大人しく付けた俺を長谷川がじろじろと見る。似合っていないと分かっているだけにあまり見られたくないのだが。長谷川は眺めまわしてからスマホで写真を撮り、満足そうに頷く。 「超……いいね」 「うっわうれしくない」 「長谷川その写真俺にも送って」 「あ、俺も」  はーいと挙手する青と橙。こいつら色々と隠す気がなさすぎではないだろうか。えっ、と一瞬戸惑った顔はしたものの、そこは長谷川。二人とLINEのID交換をし早速写真を送っている。 「……ほら、作るよ」 「あ、はーいっ」  パタパタとキッチンに戻ってくる長谷川。ようやく料理開始だ。

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