13 / 212
1-12
机の上にはホットプレート。その横にはガラスボールに入った大量のお好み焼きの種。長谷川と相談してお好み焼きをみんなで焼くことにしたのだが、なんと三浦と長谷川はお好み焼きをしたことがないらしく本当にこれが食べられるのかと半信半疑の様子だ。長谷川は種を作りながら何回か不安に襲われ、俺に何度も合っているか確認をしてきた。
まぁ、分かるよ。焼く前の生地って全然おいしそうじゃないもんなぁ……。不安そうな長谷川に代わってホットプレートの上に生地を垂らしていく。coloredでよくお店にお好み焼きを食べに行く青と橙は慣れたもので、ワクワクと楽しそうに焼き上がるのを待っている。
「家でもできるもんなんだな」
「できるよ。夏目委員長、換気扇回して~」
「うぃー」
部屋が煙ってきたので青に換気扇を回すよう指示をする。長谷川と三浦がいる手前夏目委員長呼びは外せないのだがなかなか長いし面倒な呼び方だ。呼ばれる側の青もそう思っていたらしく、「夏目でいいよ。俺も椎名って呼ぶから」とお許しが出る。本人の許可も下りたのでありがたくそう呼ばせていただくことにする。全く人目というものは厄介だ。
生地にフツフツと火が通り始め、次第に周りも硬くなる。そろそろひっくり返してもいいはずだ。
よいしょ、とひっくり返すとほんのり茶色に焼き上がっていた。うん、やはり頃合いだったようだ。今下になった面が焼き上がれば完成だ。
「夏目ー、そろそろ焼き上がるからアレ出してきて」
「はい、りょーかい」
青が冷蔵庫の中からお好みソースを出してくる。
「先輩、俺青のりと紅ショウガ買ってきた」
「おっ、サンキュ」
橙が分かる人には分かる彼なりのドヤ顔をしながらビニール袋を差しだしてくる。俺たちが生地を作っている間に気を利かせて買いにいってくれたらしい。すっかり頭から抜けていて買うのを忘れていたから大変助かる。よーしよしよしと橙の頭をグリグリ撫でる。青が羨ましそうにこちらを見るので仕方ないなぁと手を伸ばす。頭に手を置き、はたと気づく。
待て待て待て。ここ、他にも人がいたような……。そう、例えば三浦っていう名前の同室者と、その従兄弟の長谷川とかがいたような気が……。
思い出し、ギギギとそちらの方に顔を向ける。
「……撫でてないよ?」
違いますよ、とアピールするも、二人は小さく首を振る。やはりだめか。
「……まだね」
呆れたような声で訂正を入れてくる三浦。
「早くやっちゃって!!」
なぜか目を輝かせながら興奮している長谷川。青に視線を戻すと、てへっと誤魔化される。こいつ、開き直ってやがる。橙も性格からしてわざとだろう。
「この学園で昨日初めて会ってすごーく気が合ったのでこんな感じになりました、って言ったら信じる?」
「ちょっと厳しいかもね」
俺の言葉に三浦が苦笑いする。そうだよな、いつもと同じようにうっかり青に換気扇開けさせにいったりソース取りに行かせたりしちゃったもんな……。
「えーっとぉ……実は、入学前から夏目とは知り合いで……」
曖昧な言葉で誤魔化そうと悪あがきする俺に、橙は爆弾を投下する。
「赤。この人達、知ってるよ」
「は?」
「だから、この人たち……というか三浦センパイは俺らのことよーく知ってると思うよ」
三浦センパイの方も知らぬ存ぜぬで過ごしたかったみたいだけど、と付け足され困惑する。視線を彷徨わせ、ふと下を見ると、ホットプレートから黒い煙がモクモクと立ち上っていた。
「ハァ!? わ、ちょッ」
慌てて炭化しているお好み焼きになるはずだったものを皿に取り上げる。窓を開けると、冷たい夜風が部屋に入りこんできた。混乱していた頭も少し冷える。
煙が部屋から逃げ、視界がクリアになる。目を閉じ、考える。頭の奥がシンと冷えた。思考の回転が加速する。頭の中で回路が唸りを上げる音を知覚する。目を開けると、思考は整然としていた。
「……知ってたの?」
低い、抑揚の少ない声が出る。目を二人に向ける。俺の視線に長谷川は震え、三浦はそんな彼を背に庇った。
「赤、そんな言い方しなくても」
「うるさいよ、青。それで? 二人はどこまで知ってるんだ?」
ソファに腰を掛け、足を組む。三浦は迷った素振りを見せながら口を開く。
「さぁ? 例えば、そうだな。君たちがcoloredっていう族で、そのリーダーが通称赤狼(セキロウ)って呼ばれてることくらいは知ってるかもね?」
「へぇ」
三浦から出たのは思いの外飾り気のない話し方だった。長谷川を相手取るとき以外は努めて剽軽な口調だったが……、なるほど、あれは演技か。道理で周りから変だと形容されている訳だ。
話の内容から察するに、三浦の正体は情報屋か。最初に出会った瞬間に固まるわけだ。まるでマークしていなかった編入生がcoloredのリーダーでさぞ驚いたことだろう。
「喋り方は今が素か」
「君に言われたくないけどね」
一応確認すると、肩を竦めながら言い返される。まぁ、確かに人のことを言える立場ではないが。
「他に知っていることは?」
「何を言わせたいんだよ……例えば、赤狼が半年ほど前に突然姿を消したこととか?」
試すような目つきでこちらを見上げる三浦に、ふっと息を漏らす。そんな情報、裏にいる人間なら誰でも知っていることだ。わざとその痛くもかゆくもない情報を出すあたりわざと見当違いのことを言って俺の怒りを誘おうとしているのだろう。
「橙」
「……:D.C.(ダ・カーポ)だよ」
俺の言葉少なな命令に橙は過不足なく答える。ピクリと三浦の目尻が震えた。確認の意味を込めて三浦を見やると彼はニヤリとさも余裕そうに笑う。
──D.C.
ここら一帯で一番勢力の強い情報屋だ。ヤツの手に掛かれば手に入らない情報はないとか。橙が知っていたのは彼がcoloredの情報担当だからだろう。最初に言い争っていたのも三浦の正体に即座に気づいたからだったのだと考えれば説明が付く。
「なぁ赤狼、何を恐れているんだ? いやに饒舌だな。何か俺に知られたくない情報でもあるのか?」
分かりやすいカマかけだ。ノッてやるのも馬鹿らしい。
「さぁな」
俺のそっけない返事に三浦は笑みを深めた。
「なぁ赤狼、一つアドバイスだ。お前は嘘をつくのが上手なようだがお前の相方はそうではないらしい。精々手下に足を引っ張られないようにするんだな」
チロリと後ろに控えていた青を見ると肩を竦められる。顔に出たらしい。仕方のない男だ。ため息を吐き、返事をする。
「肝に銘じておこう」
応酬が一段落付き、静まり返る。
「あ、のぅ……」
控えめな声が場の視線を集めた。一堂に注目された声の主、長谷川は一瞬竦み上がるも、気丈に立て直し話し始める。
「とりあえず、お好み焼き食べない? 新しく焼いてさ」
ホットプレートの横にはなみなみと作られたお好み焼きの生地があった。
ともだちにシェアしよう!