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「う、まぁ~…」
青がほくほくとした表情でお好み焼きを頬張る。結局場の空気が悪いからと生地を捨てるのは忍ばれてお好み焼きは焼けるだけ焼いてしまった。よくよく冷静になってみれば俺が知られたくない情報の全ては青でさえ知らないのだ。彼が知っているのはその一端だけ。D.C.だって知るはずがない。
「うまい」
橙も満足そうにもしゃもしゃと食べている。いつも固く結ばれている口元がやや緩んでいて面白い。
「おいしぃ~っ。ゆかりんこれおいしいねっ? 作ってる時あんなに心許ない見た目だったのに! また作ろうね!!」
長谷川に至っては大はしゃぎだ。調理中不安になっていたことも相まって感動しているようだった。お金持ちの口に合わなかったらどうしようと思っていたが彼の口には合ったらしい。
三浦の様子を窺っても不満そうな様子はない。先ほどの剣呑な雰囲気はどこへやら、部屋の中は和やかな空気に変わっていた。
「三浦」
「ん?」
三浦に声を掛けると怪訝そうな顔をされる。そりゃそうだ。空気が払拭されたからといってさっきのやり取りまでなかったことになる訳ではない。
「さっきは嫌な言い方をして悪かったな」
「はぁ?」
「お前が情報屋だと知らなかったからつい動揺して警戒してしまった。悪かった」
何を言われているのかといった表情の三浦に重ねて謝ると複雑そうな表情をされる。
「いや、こっちだって挑発とかしたし。ごめん、悪かったよ」
困ったような表情で謝罪する三浦に、長谷川はにやにやと相貌を崩す。
「なんだ、ウザいぞ冬馬」
「これで仲直りだねっ?」
「別に喧嘩してないし」
フイとそっぽを向く三浦に長谷川は笑みを深める。
「これでやっとあの変な喋り方やめるんでしょ、春樹?」
「うるせぇわ! っていうかあれお前のマネだからなバカ!」
「はぁ~? 俺のエレガントな話し方と一緒にしないでくれますぅ~?」
言い争いを始める三浦たちに思わず吹き出す。
「…っ、ふっ…、いや、同じ話し方だったろ、あれ」
ツボに入ってなかなか笑いの余波が抜けず笑っていると、いつの間にか言い争いは止んでいた。笑ったのが気に食わなかったのかもと二人の様子を窺うと、長谷川のキラキラした表情が見える。嬉しそうな顔をしている理由に思い至らずきょとんとすると、なぜかサムズアップされる。わからん。
通訳を求めて三浦に視線を送っても複雑そうな表情の後目を逸らされた。元の距離感に戻るには時間を要しそうだ。一応お互いに謝罪をしそれを受け入れてしまったためこれ以上どうすることもできなくなっているというのが本当のところだが。
「なぁ椎名」
「んっ?」
考えていたら三浦に呼ばれる。ずっと椎名きゅんとかいうふざけた渾名で呼ばれていただけに違和感がすごい。それは呼ぶ三浦自身にも言えることだたらしく、曖昧な笑いを顔に浮かべてから話し出す。
「椎名はさ、俺が情報屋だって聞いて気にしないのか?」
言われた内容に考え込む。まさかそんなことを問われるとは思わなかった。
「えーっと、さ」
躊躇いながら口を開くと、三浦はフムと浅く頷く。
「三浦はさ、俺たちが情報だけでなんとかなる存在だとでも思ってるワケ?」
俺の言葉に場が緊張する。それまでワイワイとお好み焼きを貪り食っていた青と橙の目は瞳孔が開き怪しい光が宿る。だらりと降ろされている腕はいつでも攻撃に転じられるようになっているのを雰囲気から感じ取った。
三浦はそんな俺たちにひくりと頬を引きつらせ、しばらく黙りこくってから笑いだす。
それはもう、先ほどまで怯えた素振りを見せていた長谷川が引いた目をしてしまうくらいには。
「はー、笑った。ここまでコケにされるとはな! なるほど、分かりやすい」
笑いながら告げられた言葉はいつもより声のトーンが高かった。長谷川の「わぉご機嫌」という呟きが聞こえる。
「うん、すごくいい。それで? 結局俺とcoloredは敵対するのか?」
ニヤリと緩められた口元に少し呆れる。戦闘要員でこそないものの街の不良と同じく三浦もいざこざが好きであるようだ。
「や、しないよ? 折角できたお友達だしね」
「その言葉、打算何割だ?」
「7割かな」
D.C.を味方にしたい気持ち7割と、純粋に仲良くしたい気持ちが3割だ。正直な申告に三浦はいよいよ腹を抱えて笑いだす。
「うん、面白い。気に入った」
一通り笑った三浦はぽつりと告げる。声のトーンはすでに落ち着き払ったものに戻っていた。
「改めてよろしく、椎名。俺は三浦春樹。通称D.C.。天下の赤狼曰く大したことのない情報屋だ」
根に持っているらしい。しつこいと言いかけるも面倒なことになりそうだと自重し代わりに自己紹介をする。
「椎名由だ。coloredの総長をしてる。打算7割だからそこんとこ配慮よろしく」
「なんだよ配慮って」
「編入したてで不安いっぱいのお友達に情報流してくれたりしねぇかなって」
「ごめん俺大したことない情報屋だから」
「しつこいな!?」
思っていたよりしつこい。D.C.的には許しがたいことだったようだ。すまんて。
「でもなんだかんだ言いつつ春樹はきっと情報流してくれるよ~」
俺の萌えレーダー(物理)も春樹から仕入れてるしっ! と得意そうに盗聴器を掲げる長谷川。これは黙認すべきだろうか。ちらりと青を窺うと長谷川に自分の役職を思い出させるためかわざとらしく大きなため息を吐く。
長谷川はしまったというようにびくりと体を硬直させる。どうやらこの場に風紀委員長がいることに思い至ったようだ。
「……残念だな。盗聴器を取り締まりたくても盗聴器の持ち込み及び使用を禁止する校則がない。非常に困った。どうしたものか」
青の不自然な独白。つまり今回は見逃すということだろう。もう少し自然に演技出来たらなおよかったが。長谷川の場合何に使っているかが明白過ぎて没収が躊躇われるということか。分からんでもない。
「次はないからな」
少し眉根を寄せ、持ち前の爽やかな顔で笑う青。生徒に人気な訳である。
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