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「新歓?」  わくわくと興奮を隠そうともしない長谷川に呆れつつ、もそもそと咀嚼する。相変わらず周りでキャーキャーと騒ぐ生徒の視線が鬱陶しい。  俺の気持ちを読み取ったのか、花井が窘めてくる。曰く、本来なら親衛隊が発足することである程度抑えられる好奇の目であるが、俺が風紀に入ってしまったことで公式の隊を発足することができないらしい。その内に非公式なファンクラブが立つだろうと言っていた。非公式のファンクラブは、風紀が厳しく管理しているため公式のように下手に実権をもっておらず御しやすい存在であるようだ。  この学園で起きる暴力事件や強姦(驚いたことに制裁という名目で起こってしまうのだ、これが!)はほとんどが公式の親衛隊によるものらしい。公式の親衛隊は親衛対象によって管理されているため、対象の性質によってその性格を大きく変容させるのがその一因だ。  大抵の場合、規模の大きい親衛隊は生徒会役員の隊である。つまり今期の生徒会がしっかりと親衛隊の手綱を握れるかによって学園内の治安が大きく左右されるということだ。ちなみに、生徒会長には全校生徒の予想通り、円が着任した。他の役員も概ね予想通りだったとか。実は俺のところにも生徒会役員の打診が来たのだがすでに風紀副委員長に着任していたため断った。  うちの生徒会は任期が通年なのでこれから円とは色々な行事で顔を突き合わせることになるのだろう。憂鬱だ。  さて、今は昼時。俺は食堂で三浦、花井、長谷川と昼食をとっていた。今日はハヤシライスだ。甘酸っぱいルーが口の中に広がる。うん、うまい。  おいしいご飯を堪能する俺をよそに長谷川の弾んだ声は説明を続ける。 「そっ! 新学期には一年生を歓迎する目的で毎年新入生歓迎行事、略して新歓が行われるんだよ~!」 「へぇ。今年は何やるんだ?」 「う~~ん……っとね」  長谷川は不意に右耳を抑え、「お」と声を出す。 「まだ決まってないみたい! 今日の放課後に生徒会と風紀の話し合いで最終決定するらしいよっ!」  おい、生徒会か風紀か知らんが、盗 聴 さ れ て る ぞ。  ピロリンと俺のスマホが鳴る。見ると青からLINEだった。どうやら長谷川の言葉通り今日の放課後に生徒会と話し合いをするらしい。生徒会室まで案内するからHRが終わったら風紀室に来いとのことだった。分かってはいたが嫌なものは嫌である。思わず眉間に皺が寄った。了解、と返事を送りかけてやめる。確認したいことがあった。  電話をかけるから、と三人に断り一旦離席する。食堂を少し出たところの壁にもたれる。数回のコール音の後、「赤?」という青の柔い声が聞こえた。 「うん、青。俺だけど。ちょっと思い出したことがあったからついでに聞きたくて」  スピーカーにしてくれる? という言葉に青は軽く了承する。「いいよ、何?」と青の声が話を促すのを確認し、次のステップに移る。俺は口を開き、吐息を軽く落としてから少し、言いよどんだ。 「あの……、昨日、抱きしめてキスしてきただろ。あれって……どういう意味?」  電話の向こうからは返事が来ない。代わりにただ一人の歓声が食堂の中から聞こえてきた。見ると、思った通り長谷川である。なるほど、つまり盗聴器は風紀室か。 「おい青。長谷川の盗聴器が風紀室に仕込まれてる。ついでに三浦の盗聴器も仕込まれてる可能性があるから橙と一緒に確認しろ」  先日風紀委員会に押し入るような形で加入した一つ下の後輩の名前を挙げると、青はようやく返事をした。どうやら折よく橙が風紀室にいたらしく、盗聴器は速やかに回収された。 「見つかったか、よかった。話はそれだけだ。じゃあ放課後」  さっくりと話を切り上げると疲れたような青の声が返ってきた。新歓の話し合いの他には新入生の風紀への勧誘くらいしかすることがなかったと思ったが引継ぎの仕事が別にあったのだろうか。いよいよ今日からが本仕事だというのに心配だ。  食堂に戻ると、長谷川と三浦が項垂れていた。聞くと、風紀に仕込んでいた盗聴器が破壊されたらしい。ぶちっという握りつぶすような音が聞こえたと言っていて笑ってしまった。てっきりゴミ回収にそのまま出すかと思ったのにわざわざ握りつぶしたのか。マメな奴だ。 「うぅぅ、酷いよゆかりん……。あんな炙り出しされたら大人しく炙られるほかないじゃない……」 「酷いのはどっちだ」 「高いやつだったんだよ……?」 「冬馬のせいで俺のミネコまで……」  三浦、盗聴器に名前を付けてたのか……。  立場的に謝るのはおかしな話なのだがこうも悲しまれると申し訳なくなってくるから不思議だ。  花井は、嘆く二人をチラリと一瞥し、鼻で笑う。 「アホらし」  もっともである。  昼食を食べ終えた花井は、トレーを返却口に戻そうと立ち上がりかけ、座り直す。顰められた顔に、その視線の先を見る。  食堂に、甲高い歓声が起こった。 「生徒会だ」  モーセのように開かれた人並みの先。悠々と食堂に入ってくる久しぶりの兄の姿に目つきが鋭くなるのを感じた。  ふわり、円の目が俺を認める。嬉しそうな表情が心の表面をやすりのようにザラリと撫でた。

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