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3-10
円との対談の日になった。円と連絡を取った結果、お互いの都合がいいのが今日だったのだ。対談前に入れていた校内の見回りを終えた俺は、終わったことを報告しに風紀室に戻ることにした。
ガチャリと扉を開けると、中には青と木下、それから橙がいた。青は俺の来訪に書類から目を上げる。
「おかえり。どうだった?」
「特に異常はなし。痴話喧嘩の仲裁したくらい」
「それは良かった。今日はこのまま対談に行くんだったか?」
「そう」
青が俺にチョコレートの小包装を投げる。受け取り口に放り込む。甘い。もぐもぐと咀嚼していると、本を読んでいた橙がいそいそと風紀の冷蔵庫へと近寄る。
橙は中から何やら取り出すと、俺の元へと近寄ってきた。
「赤」
「ん?」
「これ」
差し出されたのは、紙袋。
「俺に? いいのか?」
紙袋に手を添え問うと、ソファで数独を解いていた木下が苦笑し言う。
「受け取ってやってください。それ、試験勉強に付き合ってくれたお礼なんですけど、そいつ甘いもの苦手らしいから」
そういえば甘いものが苦手なのにプリンを要求していたな。そうか、このためか。ありがとうと言って受け取り、中を確認すると、プリンが十個ほど詰め込まれていた。多種多様なプリンは見ているだけでもなんとなく嬉しい気持ちにさせてくれる。
「……大切に食べる。うれしい、ありがとな」
頬が緩む。橙が俺のために頑張ってくれたことが何より嬉しかった。思わずニヤニヤとしている自分を自覚し、慌てて頬に手を当て、表情を引き締める。引き締めた表情は、すぐにへらりと緩んだ。
「へへ、ダメだな。勝手にニヤニヤする」
「俺今ので寿命十年くらい伸びた気がする……」
「なんでだよ、変なこと言うなぁ」
クスクスと笑うと、橙はおもむろに手を合わせ拝みはじめる。なんか知らんがやめろ。
「身ごもったから責任とって」
「うん???」
「ここに名前と印鑑を」
すす、と差し出された書類は婚姻届。俺の名前と捺印以外は既に済んである。怖い。
「失敗しても大丈夫。あと五枚あるから」
ブレザーの内ポケットから書類を覗かせる橙に思わず真顔になる。何で常に持ってるんだよ。
渡された書類を紙ヒコーキの形に折り、ゴミ箱へと飛ばす。ストン、紙ヒコーキはゴミ箱の中に綺麗に着地した。橙は傍でパチパチと手を叩く。それでいいのか。再び書類を差し出されそうになったところで、荷物を持ち立ち上がる。
「じゃ、俺は行くから。橙、プリンありがとな。おつかれさまー」
橙は若干名残惜しそうな顔をしつつ、小さく手を振って見送ってくれた。
新聞部は部室棟の一角にある。指定された時間の五分前に部室の前に着くと、そこにはすでに円と吉衛先輩がいた。先輩まで連れているのは変な記事を作らないよう新聞部を見張るためか。人気者は大変だな。
「こんにちは、円、先輩」
「悪いな、俺の都合に合わせてもらって」
「いや、俺も今日は大した用事なかったし。ちょうどいいよ」
かしこまる円に軽く手を挙げ話を流す。
「じゃ、入ろうか」
一声かけ、部室のドアをノックする。はい、と中から声が聞こえた。パタパタと小走りする音が近づき、ドアが開く。顔を覗かせたのは約束相手の大津くんと、新聞部の部長、富士 先輩だ。
「ようこそ、どうぞ中へ」
招かれた先は、意外にも綺麗に整っていた。ブロマイド撮影のための小道具は流石に親衛隊が来る手前隠しているらしい。吉衛先輩も当然のごとく知ってはいるだろうが一応マナーというものがある。黙認されているだけのものを大っぴらに置いておくのはやはりよろしくない。
「ここに腰をかけてください」
座るよう促される。俺と円が横に並んで座り、正面に新聞部二人が座る。吉衛先輩は部屋の端で待機だ。
「では、対談を始めます。部長の富士恭介 です。隣りの彼は二年の大津鷲斗です。本日はよろしくお願いします。まず最初に、この対談記事の作成にあたり対談内容をレコーダーで録音することをお許しください。この音源は記事の作成以外に使用いたしません」
よろしいですか、と視線を送られ、頷く。俺たちが頷いたのを確認したのか、富士先輩は失礼しますと一言断り、レコーダーのスイッチを入れる。
「お茶と、ちょっとしたお菓子も用意しているのでリラックスしてくださいね」
机の上の盆にはお菓子の小包装が積まれている。甘いものが好きな俺としては嬉しい。そういえば円も甘いものが好きだったはずだ。これは喜ぶのではないだろうか。
「……いや。俺は遠慮しておく。甘いものは苦手でな。折角の気遣いを無駄にしてしまってすまない」
「いえいえ! こちらこそ、甘いものばかり用意してしまってすみません。次お願いする時は甘くない物も揃えておきますね」
円の言葉に慌てる富士先輩。二人のやり取りを聞きながら、俺は一人菓子を摘まんだ。そうか。円はもう甘いものが好きではないのか。長い間離れていると何が好きかなんてもう分からないな。居心地の悪さに身動ぎをする。カサリ、膝に乗せた紙袋が音を立てた。
円は俺の咀嚼する姿を見、盆に視線を落とす。心なしかしゅんとしているようだった。肩がいつもより下がっている、気がする。
じっと見ているだけだった吉衛先輩がすっと円の横に立ち、声を掛ける。
「円さま、召しあがってもよろしいですよ。小包装でしたら変なものも混ざっていないでしょうし、新聞部の方には秘密ということにしてもらえば」
ね? と先輩は小首を傾げ円に微笑む。円の頬が淡く緩んだ。
「……円さまは親衛隊らの前では甘いものが苦手という設定になっています。くれぐれもご内密に」
木漏れ日のようなまなざしから一転、底冷えしそうなほど冷たい瞳を向け、先輩は威嚇する。本当に円のことが好きなんだな。まったく、羨ましいほど。いつの間にか居心地の悪さはなくなっていた。代わりとばかりにチリチリとした感覚を胸に残して。
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