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 その紙袋、と言われハッとする。富士先輩は俺の膝上の紙袋を見ていた。 「プリン、好きなんですか?」  どうやら紙袋の中が見えたらしい。軽く頷く。 「 はい、好きです。でもこれは風紀の後輩がくれたもので。俺がこんなに買い込んだわけじゃないですよ」  冗談交じりに答えると、富士先輩は口角を緩ませ頷く。 「桜楠会長と一緒に食べたりするんですか?」 「え? あ、あー…円も、食べたい?」  予想外の質問にしどろもどろになる。そんな会話を交わすのはずいぶん久しぶりで。不恰好な俺の問いに、円はえっと声を上げ、お菓子を摘んでいた手を止めた。きょとんとした顔をし、こちらを見やる。目はわずかに戸惑いの色を纏っていた。 「くれるのか? ほしい……けどお前自分の好物分けてくれたことなんてなかったじゃないか」  鼻を鳴らし踏ん反り返る。 「はっ、俺だって大人になったんですぅ~。一個なら分けてやるよ。一個ならな!」  噛み付くと円はふわりと微笑む。 「よかった」 「は? ぇ、あ……」  まるで──。  言いたいことは聞かずとも理解できた。俺も同じことを思ったから。チッと顔をしかめ、プリンを突き出す。もちろん一個だ。 「ん」 「……一緒に食べるんだろ?」 「誰が食べるかバーカ」  そっぽを向き退ける。口調を取り繕うのも今更と、半ばヤケクソだ。円はへにゃりと眉を下げる。後ろから吉衛先輩の鋭い視線を感じる。 「由……」  背を向けているから見えないが凹んでいる。これは、凹んでいる。円の細かい機微が分かってしまう自分が嫌だ。ぐ、と罪悪感に臍を噛む。 「……一緒に食べてやらんことも、ないけど」  俯きながらもそもそと言う。ぷ、と吹きだす音が聞こえた。は?  振り向くと、円が手の甲で口元を押さえ笑っている。 「そう、か、っふ、食べてくれるようでうれしいよ由」 「こ……ンやろぉ騙したな……」 「俺の猿芝居に騙される方が悪いと思うんだがなぁ」 「騙す方が悪いに決まってんだろうが」  ガンづけるも、円はしれっとスルーする。 「じゃ、対談終わったら食おうな」 「え? あぁ、おー…ここでいい?」 「……強行した俺が言うのもなんだが心配になるよ」 「いつも流されてやる訳じゃねぇからな……」  強かになりやがって。覚えてろよ。  クスクスと笑う声。見ると、新聞部の二人が微笑ましそうにこちらを見ている。 「こうしていると本当に兄弟なんだなって思いますね」 「? 俺たちずっと兄弟ですけど……」  なぁ? と円と顔を見合わせ目で会話する。お前あの意味分かる? だよなー俺も分からん。  二人で疑問符を浮かべていると、富士先輩はまたクスリと笑い、言葉を足す。 「なんというか……お二人が兄弟であることはもちろん存じ上げています。が、二人で話しているところをあまり見なかったので現実感というものがなかったんです」  実は仲が悪いんじゃないかという噂もありますしね。  いたずらっぽく告げられた言葉にヒヤリとする。それはもしかしたら俺の対応のせいかもしれない。わずかに俯くと、円が手を重ねてくる。のろのろと視線を上げると、円は大丈夫だと頷いた。  今更兄貴ぶってんじゃねぇと思う一方で安心する自分もいて。ぐるぐると醜く渦巻く感情に蓋をし、重ねられた手を握り返した。まるで逆だな。 「話を伺っていて分かりました。お二人は仲が大変よろしいようですね」  にこり、笑う富士先輩に円も淡く微笑み、頷く。俺は俯いたまま返事をしなかった。 「プリンは後で、ということで。対談を再開しましょうか。甘いもののくだりは使えないようですし」  富士先輩は名残惜しそうに吉衛先輩に視線を送る。吉衛先輩はシッシッと手で追い払うジェスチャーをしてみせる。富士先輩は無念そうな顔をしながらも話を切り出した。 「もうすぐ桜楠学園では体育祭がありますが、お二人はスポーツにちなんだ印象深い思い出などありますか?」  そうだな……と考え込む。正直なところ、五歳の頃に円と別れてそれきりだったから二人共通の思い出なんてそれほどないのだ。この学園の生徒の方が俺よりもよほど円との思い出を持っているだろう。しかし実際にそれを口にしてしまえば空気が冷めるのは目に見えている。円もそう思っているのか、一生懸命子供の頃の記憶をさらっているようだった。 「幼稚園の運動会の徒競走で、円と勝負をしたな」  ぽつり、思い出したことを呟く。あの頃はよく円と勝負事をした。円も思い出したのか、懐かしそうに目を細める。 「あぁ……いろんな勝負をしたな。俺は大抵勝てなかったけど」 「勝てねぇのに挑んでくるから。勝負するの本当に好きだったよな」  俺の言葉に円は曖昧な表情をし、首を振った。 「いや、あれは勝負が好きっていう訳じゃなくて」 「あんなに勝負勝負うるさかったのに?」 「うっ、いや……俺は隣で一生懸命張り合ってる由を見るのが楽しかったというか」 「負けてるやつのセリフじゃねぇけどな」  そしてどことなく趣味が悪い。 「うまく言えないな……ただ、何かを一緒にやりたかっただけ、なんだ。改めて口にすると恥ずかしい話だな」  ほんとにな、と言うと円は恥ずかしそうに言葉を詰まらせた。例えばの話、と言うと円は大人しく耳を傾ける。 「それは今でもお前にとって楽しいことか」  わずかに目を見開いた円は、何も問うことなく微笑んだ。 「ああ」 「そうか」  端的な言葉の応酬。しかし、今はそれだけで十分だった。言葉の意味するところは、ただ一つ。

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