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そういえば、と話が切り出される。
「噂で椎名くんは吉衛隊長に告白したと伺いましたが本当ですか?」
「あぁ、しましたね」
軽く肯定すると、ごほ、円が咳き込む。なんでお前が動揺するんだよ。人目のあるところで告白をしたから、この話は結構知られていたりする……んだが、円は知らなかったようである。
ギロリ、吉衛先輩に睨まれる。
「返事は貰ったんですか」
「貰いましたよ」
速攻で。
「伺っても?」
富士先輩は控えめに問うが目がギラギラしている。確かに割と出回っている噂であるとはいえ記事にしたら面白そうだよなぁ。会長親衛隊の隊長に会長の双子の弟が告白なんて。聞かれることは予想の範疇だからさして驚きはないが。
いいですよ、と答えると富士先輩の横で大津くんが小さくガッツポーズをする。俺は気にしないけど、もう少しバレないようにしたほうがいいと思う。
「……吉衛先輩もいいですか?」
「いいに決まってるでしょう。下手に憶測が広まると迷惑です」
食い気味にきっぱりと言い切る吉衛先輩。俺は苦笑し、富士先輩に返事をする。
「……らしいので。お察しかと思いますが、振られています」
予め噂を調査し知っていたのだろう。富士先輩は驚いた様子もなく軽く頷き、質問を重ねる。
「これは記事に載せても?」
「迷惑を掛けたくはないので、ぜひ」
吉衛先輩は会長親衛隊隊長だ。間違った情報が流れ、付き合っていると認識されれば、「俺を円の代わりにしている」といった噂が広まることなんて目に見えている。
富士先輩は俺の考えに思い至ったのか、わかりましたと頭を下げる。
「吉衛隊長のどこを好きになったんですか?」
先程から刺々しい態度の吉衛先輩を見ている彼らからしてみれば当然の疑問だろう。
へらりと笑ってみせる。
「そうだなぁ、円の親衛隊長を頑張ってるところ、とかどうですか?」
「どうですかって」
富士先輩は冗談めいた俺の答えにクスリと笑う。
「他にはそうだなぁ、綺麗な人だからとか。冷たい態度にときめきましたーとか」
「結局のところどうなんですか?」
矢継ぎ早に挙げられる答えに、場が和む。軽薄そうな俺の発言にしかし、吉衛先輩だけは笑わない。
「秘密です」
唇に指を当て、笑ってみせると富士先輩は顔を赤らめ何事かをメモした。なんだろう、気になる。
「椎名くんの恋愛事情が明らかになりましたが。桜楠会長は兄としてどんなお気持ちですか?」
「兄として……」
円はいまだ混乱しているのか反応がやや鈍い。ぼんやりとした表情のまま押し黙った後、薄く口を開く。
「……応援、している」
「っ!」
ピクリ、肩が跳ねる。吉衛先輩は俺のことを睨みつける。俺は反射的に浮きかけた腰を椅子に縫い付け平静を装う。富士先輩が吉衛先輩に話を振る。吉衛先輩がニコニコと笑い、受け答えをするのをどこか遠くの出来事のように聞いていた。
振られた話に自分がなんと答えているかさえ自覚しないまま、対談を終える。ざわざわと心がささくれだっていた。
「──これにて対談を終わります。お疲れ様でした。後日記事の事前チェックをお願いしますのでその時はまたよろしくお願いします」
富士先輩の声ではたと現実に蘇る。反射的に立ち上がる。椅子のガタリという音がやけに大きく聞こえた。
「ゆか、」
「円。プリン一緒に食べれない。ごめん」
プリンを一個、円の胸に押し付け、部屋を飛び出る。限界だった。出る間際に見えた吉衛先輩の冷たい眼差しにまた、胸が痛む。
引き止める声を置き去りに、風紀室に駆け戻る。バタン、勢いよく扉の閉まる音に我に返る。俯けていた顔を上げると、棚を漁っていた橙と目が合う。橙はイヤホンを外し柔く首を傾げる。
「と、う」
「どうしたの、赤。対談は終わった?」
「……あぁ、終わった」
耳元のピマスを指で撫でる。冷えた感覚がしんと指先に伝わる。いつも通りを意識し微笑む。
「橙は? 何してんの?」
「風紀室に盗聴器とか仕込まれてないか調べてるとこだよ」
「定期的にやってんの?」
「うん。俺の陣営で好き勝手されるのは面白くないし」
肩を竦め橙は机の裏なども調べていく。俺はソファに腰をかけ、もらったプリンを一つ取り出し、食べ始める。
「それで? 赤は対談で何があったの」
弄る手を止めることなく橙は言う。ちらりと様子を伺うも、視線はこちらに向けられていなかった。平静を装い、答える。
「なーんも。円との思い出とか、そんな話してきただけ」
大した思い出もないけど。自嘲しつつ言う俺の言葉を、橙はそうじゃなくて、と否定する。
「辛いことあったでしょ」
確信めいた口調に、スプーンを口に運ぶ手が一瞬止まる。橙は、今度こそこちらを向いていた。
「……辛く、はないと思う」
十分我慢できるし。
「会長の親衛隊長の話でもされた?」
「……された」
「そっか」
橙は俺の横に座り、紙袋からプリンを取り出し食べはじめる。
「……ぅえ」
橙はプリンを顔をしかめながら咀嚼する。それが何も言わない橙なりの気遣いなのだと分かり、俺はそっと体の力を抜いた。
橙は殆ど噛むことなく、飲み込む要領でプリンを空にすると、ゴミ箱にカップを捨てる。
「赤。食べ終わったら寮まで送るよ」
「別に一人でも平気だぞ……?」
手の心配でもしているのだろうか。F組に行くならまだしも、寮に帰るだけなのに過剰だと内心思う。
「俺も帰るからそのついで。一緒に帰りたいなって。嫌?」
「……嫌じゃない」
「そう。よかった」
橙はニコニコと微笑み、俺が空けたカップをゴミ箱に捨てると、プリンの入った紙袋を持ち立ち上がった。
「橙、荷物、」
「赤をエスコートなんて青がいない時くらいしかできないからね。アイツいると役目取られるし。嫌だったらやめるよ」
残念だけど、と言う橙にぐっと言葉が詰まる。シュンとした橙に否とは言いづらかった。
「……頼む」
「うん」
橙はにっこりと微笑み頷いた。
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