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漆畑蓮 side 『吉衛隊長のどこを好きになったんですか?』  イヤホンから音が漏れる。一人部屋だったら人に聞かれる心配をしなくていいものを、と舌打ちをする。イヤホンを耳に押し込むと、音漏れはぐっと減った。ガサ、と紙袋の擦れる音の大きさに音量を下げる。 『応援している』  ああ、何度聞いても腹の立つ。舐めてるのか。それとも何も考えていないのか。当たり障りのない返答は、ただの悪手でしかなかった。  対談から帰ってきた赤の顔色を思い出すたび怒りが燃え上がる。悔しさと悲しさとが入り混ざった表情をしていた彼はしかし、俺の存在に気づいた瞬間、いつも通りに戻った。いや、違うか。正確に言うならピアスを触った瞬間から、だ。  本人は気づいていないが、赤には、気持ちを立て直したい時にピアスを触る癖がある。それがなければ見分けがつかないほど、彼は完璧にいつも通りを演じてみせる。  紙袋の折れ目に盗聴器を仕込んだ自分の判断は上出来だったと自画自賛する。赤の癖を知っているとはいえ、盗聴していなければその仕草を見落としていただろう。まして何によって傷ついたかなんて分かるはずもなかった。  新聞部が不用意な質問をしたら潰してやろうと思って付けた使い捨ての物だったが、意図せずして大きな働きをしてくれた。  スマホが振動する。電話か。画面を確認すると青からだった。イヤホンを片耳だけ外し、スピーカーモードにする。 『もしもし』 「何。今忙しいんだけど」 『今日、盗聴器を仕込まれてるか定期確認する日だったろ。どうだった?』 「なかった」  モニターを確認しつつ返事をする。イヤホンからは相変わらず対談の音声が流れていた。 『……赤の声』  外していた方のイヤホンから音を拾ったのか、青が反応する。大した音量でもないのに聞き取る耳の良さに感心すべきか、呆れるべきか。 『それ、盗聴したデータだろ。対談の時のか?』 「そ。てな訳で忙しい。もう切るから」 『待て!』  赤に何かあったのか。声を低くしそう問う青に、一瞬考える。そしてパソコンをいくつか操作し、青に音声データを送りつけた。 「送ったからそれ聞け」 「……珍しいな」 「聞いたところで現状どうしようもできないからな」 「? ……あぁ、なるほど。これはできないな」  青は押し殺した声で返事をする。録音の再生が終わったのか、イヤホンはすでに沈黙している。  赤が何に傷ついたのか。桜楠円は気付いていないのだろう。気付くような男ならそもそもあんな言葉は出てこない。  赤は、自分の想いが親衛隊長を傷つけたことに傷ついたのだ。親衛隊長は、桜楠円が好きなのだろう。そんな周知の事実を一切検見せず、応援しているだと。当の想い人はお前を愛しているのにか。馬鹿にしているとしか思えない。  悔しさと、悲しさと。  誰に向かってその言葉を吐いた。耐えきれず逃げだしてもなお赤は「辛い」の一言さえ言えないのに。  ピシリ、右手のマウスから悲鳴が上がった。力を込めすぎたようだ。 『赤は、』  スマホから声が聞こえる。 『赤は、やっぱり親衛隊長が好きなのか』 「……俺相手に管巻くなよ」 『だって複雑だろう。なんというか……ほら、自分のヒーローに好きな相手ができたんだぞ?』  ぐちぐちと女々しいことを言う青を放置し、作業を続ける。 『おい。聞いてんのか橙』  管巻くなって言ったよな? 「おい青、うるせぇ」 『るせぇってなんだよ! お前は思う所とかねぇのかよ』  しつこいな。  ため息を一つ吐き、作業の手を止める。 「お前がどうだかとか知らねぇけど。俺はお前の言うヒーローとして赤を見たことは一回だってない」  赤は。初めて見た時から今に至るまで、ずっと俺の──。  それをあの野郎。  ギリ、と奥歯を噛みしめる。赤が親衛隊長を好き? それがどうした。最終的に俺を見てもらえるのであればそんなこと大したことではない。いつから好きだと思っているのだ。そんな覚悟、とっくに出来ている。 「寄り道くらいでガタガタ騒いでんじゃねぇ。切るぞ」 『あっ、ちょ、おい!』  青の制止する声を無視し、通話を切る。作業を再開する。赤がいつ桜楠円を許せなくなってもいいように。嫌いだと言う彼が何を大事にしているのか、痛いほどに知っている。今、桜楠円を攻撃して一番傷つくのは赤だ。俺が赤を傷つける? そんなこと、あってはならない。  飛びかからんと踏ん張る後ろ足をぐいと地面に縫いとめる。ゴーサインがあればいつだって喉笛を喰いちぎってみせる。だがそれは今ではない。  怒れる内心を押し殺し、俺はひたすら作業を続けた。来るべき未来に備えて。 side end

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