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 じっとりと睨み合う二人にうんざりする。青、と声を掛けるとやたらといい笑顔が返ってきた。 「なんで牧田と睨み合ってるんだ」 「……敵だから?」 「聞かれてもな……」  二村に二人の間に座るよう頼むと、嫌そうな顔をしながら了承する。 「菖ちゃん、いいの? そのポジションに甘んじてたら俺が掻っ攫っちゃうよ?」 「微塵も意識されてねぇくせに人の心配すンじゃねぇわ。舐めとんのか」  二村は呆れたような表情をしながら、荒っぽい言葉遣いで牧田をあしらう。気の知れたやりとりを見守っていると、不意に視線が交差する。二村は、勢いよく視線を下に外すと、また、のろのろと俺を見つめた。何かを言いたそうに訴える瞳の奥を見通そうと、視線を深く合わせる。どうした、と小首を傾げ促すと、二村はうっすらと口を開いた。 「……俺も、」 「おう」 「クラス上げ、るから」  面倒みろよ。  もそもそと続いた言葉に、頬を緩める。おー、と笑うと、左右から不満げな空気が漂ってきた。 「……なんだよ。手ェ止まってんぞ」 「赤、二村に甘くないか?」 「……そうか?」 「俺も思った! 菖ちゃんにはなんか優しいよねぃ」  問題集をつつき促すも、二人は理由を聞いてから、とやたら強情だ。更には二村までどこか期待したような目をこちらに向けてくる始末。そんな目したって面白いことは言えねぇぞ。 「……つまんねぇ理由だぞ」 「いいよ知りたい」  頷かれ、もごもごと口を開く。 「……その、かわいげが、あるから」 「かわいげ」 「……声にドス効かせてくるやつだぞ?」 「すぐに手上げるよ?」 「俺だぞ?」  半ば強引に聞いてきたくせに不可解そうな顔をされ、ムッとする。 「二村は、いい奴だろ」 「うん、まぁ」 「それに、気が利くし、気遣い屋だし、優しいだろ」 「……うん?」 「二村は、短気なようでいてあれで結構気が長いし、割と常識人だ。自分の学習姿勢を誰に言われるでもなく直したところを見るに、着実に成長できる奴だし、理不尽なことはしない。Fの奴らが二村を真似て勉強してたから、きっと慕われてるんだろう。それに、」 「おい、」  尚も言い募ろうとする俺の言葉を二村が遮る。ん? と首を傾げれば、乱暴に顔を鷲掴みされた。 「……もう、いい」 「まだ言うことあるんだけど」 「身がもたないからやめろ」  分かったから放せと顔を掴んでいた手を叩く。渋々と手を放した二村を押しのけ、牧田は頬杖をつき上目遣いでこちらを見る。 「ね~ぇ、俺は?」 「ん?」 「俺のいいとこ!」  言ってよ、と促され、考える。体育座りをした膝に頭を乗せ、体の力を抜くと、俺はそうだなぁと口を開く。 「牧田は、思慮深いよな」 「……、」 「それに、繊細な感性を持ってる。何も考えてなさそうな一挙一動も、考えた末のそれだって分かる。だから、お前のことを二村も、Fの奴らも信頼してるし、俺も信じることができる。……お前は、期待に応えられる。お前は、繊細だから色んなことに少し臆病だけど。でも、臆病だからこそ目の前の大切な物を決して落とさない奴だって、俺は思うよ」 「……、あ、は。敵わないなぁ」  ぽつり、放心した様子でぼんやりと呟く牧田に頬を緩める。落とされた視線は、どこか遠くを見ていた。じっと見ていると、まつげの先が震え、色素の薄い黒目がこちらに向けられる。いやん、と悪戯っぽく身を捩る牧田に苦笑していると、横から咳ばらいの音。見ると、咳ばらいをした青が、期待を込めた表情でこちらを見ていた。言ってほしいの? と片眉を上げてみせると、黙って首肯される。青は、と口を開く。 「行動力があるよな。それに、情に厚い。ある程度締めるとこは締めて、緩めるとこは緩めることができる。上に立つ者の資質を持ってる。少し強引なところもあるけど、そういうところに俺はいつも救われてるよ。視野も広いし、鷹揚だ。この学園に来るまで、お前がここまで慕われてるとは思わなかったから少し驚いたけど」  苦笑し、続ける。 「ここの生徒は、見る目があるな」  赤、と青の口が言葉を紡ぐ。んー? と目を細めると、青は薄く口を開いた。  ピリリリリ。唇が言葉を形作るより早く、不意にスマホの着信音が鳴り響く。振動しているのは、俺のスマホ。悪い、と断り電話に出る。もしもし、という一秀の声を聞きながら俺はリビングから廊下に出る。 「うん、もしもし、一秀?」  返答に、ドアの閉まる音が続く。 『ジョエルから手紙が届いたからそっちに送っといた』 「ジョエルが?」  懐かしい名前に聞き返す。そう昔のことではないのに、この学園に来てからの日々が濃すぎるせいだろうか。随分時が経ったように感じてしまうから不思議だ。一秀は俺の声にああ、と応え続ける。 『一昨日送ったから遅くとも明日には届くと思う』  一昨日?  言われた言葉に違和感を覚える。いつもの一秀なら送ったその日に電話を掛けてきそうなものだが。忙しかったのだろうか。ふと湧き出た疑問を無視し、礼を言う。別に、その日に言わなかったからといってどうということはない。そういえば、と他の話題を切りだすと、兄貴分は少し硬い声で相槌を打った。 「俺のお土産、届いた?」 『ああ』 「……、その、」  言葉少なな返事に戸惑う。まるで、会話を拒絶しているかのような。嫌な考えに目の際が強張る。 『ああ。奥さまに、渡しておいたよ』 「……何か言ってた?」 『……、由。ごめん、もう電話切らなくちゃいけねぇわ。そろそろサボってんのばれちまう』 「あ、……あ、ああ。悪いな。じゃあ」 『ああ。じゃあな』  電話の切れたスマホ画面を呆然と見つめる。間違いない。今の一秀は、何かおかしい。でも、急に何で。……ああ。俺のことが、嫌いになった? かずにぃ。そう言いかけて押し黙る。もし。もし、本当に一秀が俺を嫌いになったから離れようとしているのであれば。俺はそれを止めるべきじゃない。呼んではいけない。一秀は優しいから、俺が呼んではきっと傷つく。 「……黙って離れなくちゃな」  自身を奮い立たせるために、ぽつりと呟く。電話が終わったのだから、部屋に戻らなくては。分かってはいるものの、足は自然と外へと向いた。何やら楽しそうに騒ぐ声を背に、玄関のドアを押し開ける。廊下は真昼にも拘わらず、いつもより色がくすんで見えた。知ってたのに。胸中で独白する。俺は、知ってた筈なのに。一秀は、帰ってきてくれたから。だから、もうきっといなくならないんじゃないかって。馬鹿だなぁ。そんなこと、ある訳ないのに。気が付けば、俺は寮のポストの前にいた。中には、一秀の角ばった文字で住所の綴られた封筒が一つ。開けると、封筒がもう一つ出てきた。裏には、ジョエル・R・フォスターの名前。 「……ああ。できたのか」  封筒の中の硬い感触に、入っているものの正体を悟る。気の重いそれをぎゅっと胸に抱きよせ、蹲る。帰ってきてほしくない物が一気に帰ってきたような気分だった。寮のがらんどうさが一層胸中の痛みを煽る。ここに座っていることがひどく虚しいことのように思えて。封筒を抱きしめた俺は、そのまま北校舎の屋上へと彷徨い歩く。  ピリリリリ。振動するスマホを無視する。今はまだダメだ。誰が相手にせよ、こんなズタボロの状態でうまく取り繕えるとは思えない。

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