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「由……?」  青、橙、緑、桃の四人を連れて家に帰る。俺を迎えた修二は思わぬ来客に目を瞬かせた。今まで誰かを招いたことなんてなかったから驚くのも当然である。 「父さんの部屋に通す。飲み物でも用意してくれ」 「分かった……けど、いいの?」  俺の指示に了承を返した修二は、どこか気遣わしげに視線を投げてくる。出会った頃によく見た表情だな、とぼんやり思う。表情に既視感は感じても、それの指す意味が分からなかった。 「何がだ?」 「――ッ」  母さんの居場所が分かるかもしれない。俺の望みが叶うかもしれない。それなのに、なぜそんなに傷ついた表情をしているのかが分からない。そっかと微かな声で零すと修二は小さく首を振り、いつもの表情に顔を戻す。 「分からないなら、何でもないんだ。由、何をするつもりかは大体分かるけど、俺もその場に同席してもいいかな?」 「……? 監視か?」 「っ、……違う」  分からない。  なんで修二はそんなに悲しそうなんだろう。踏みしめた足下がぐらりと揺れる。何もかも分からないことだらけで、解決策も思いつかない。物事の輪郭が歪んで見える。今がいつか分からなくなる程ここ最近の感覚は時間に逆行していた。 「……違う、由。違うよ、畠は敵じゃない……ッ! 監視なんて、」 「? じゃあ、何がしたいんだ」  聞いてから後悔する。修二が目を見開き絶句する。何か言ってはいけないことを言ったんだろうとは分かっても、修二のどこに引っかかったのかが分からない。気遣わしげな目はただただ鬱陶しい。何かが欠落したような空虚感が胸を穿って。俺は密かに自分に失望した。 『椎名くんって、人間の出来損ないみたいだよね』  言われたのは中学の頃だったか。ニコチン臭い記憶は今の自分をも嘲笑う。言い得て妙だな。あの日、揺れない心が吐き捨てた思いを再び感じる。出来損ないのまま何も成長していない。いっそ人形として生まれたかった。当てられた役割すらこなせない、なんて。屋上に行きたいなと思った。中学の、古びた鉄柵で覆われたあの頼りない場所に。 「……由。信じられないかもしれないけど、忘れないで。畠はいつだって由の幸せを優先する」  たとえそれが由の意思に反しても。  続けられた言葉の意味はよく分からなかった。俺の幸せを誰かが思い描くのも嘘くさい話だ。俺を強い目で見返す修二に居心地の悪さを感じ、視線を地面に落とす。不意に、左手に温度を感じる。見ると後ろに控えていた青が俺の手を握っている。慈しむかのように手の甲の傷跡を指先で撫でた青は、俺と目が合うなり口元を緩める。大丈夫だと言われた気がした。  繋がれた左手から目を離し、修二に向き直る。変わらず視線は何かを訴えていた。 「……、来たいなら来ればいい。どのみちやることに変わりはない」 「……うん」  溜息を吐き、投げやりに許可を出す。ありがとうと言う修二の微笑みはいつもより不格好だった。  修二を置いて部屋を出ていく。俺の後ろを四人の足音が追いかけた。窓の外が曇りだからか、電気を点けていない廊下は昼にも拘わらず薄暗い。コメカミが絞られるような痛みを訴える。物の輪郭が歪んで、滲んで。人の言葉もガラス越しのごとく曖昧で。足下の地面さえ不確かに感じる俺は、一体何を信じたらいいのか。 「雨が降りそうだねぇ」  桃の声が予言めいて聞こえた。

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