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 部屋の奥。父さんの仏壇に手を合わせる。背後の息を呑む音に、ああそうかと気付く。そういえば父さんが既に他界していると話したことはなかった。桜楠学園に通うような生徒は各家庭の代表者を把握している。夏目の息子である青や情報に強い橙は知っていただろうが、録と桃は知らなかったのだろう。  合わせていた手を解き、振り返る。気まずそうな二人は、俺をまねるように正座をして遺影に手を合わせた。 「髪の毛がお父さん似なんスね」  癖っぽいところを言っているのだろう。うねりがちな髪の毛は父親譲りだ。円も昔は癖っぽかったのだが、再会してみるとそうでもなくなっていた。ストレートパーマでもかけたのかもしれない。 「ああ」  飲み物を持った修二が部屋に入る頃には、各々思い思いの場所へ腰を落ち着けていた。差し出されたグラスは冷えた指先から更に熱を奪う。頭のガンガン揺さぶられる感覚に、汗が背筋を伝う。冷や汗だろうか。べとついた体にシャツが張り付く。酷く気持ちが悪かった。  皆が聞く体制に入ったのを確認し、俺は姿勢を改める。部屋の中に緊張が広がった。 「じゃあ、さっきの話をもう一回してくれる?」 「……頼みたいことは一つ。母さんの行方を知りたいから調べてほしい」  橙に話を促され口を開く。警察には、と尋ねる青に俺は首を振った。 「事件って訳じゃない。畠がどこかに母さんを隠してる。俺はそれを知りたい」  俺の目を見つめた橙は、赤、と躊躇いがちに呼びかける。 「どうして、俺たちをここに招いたの」  真剣味を帯びた問いに、なんだそんなことかと気が抜ける。 「散々探した後とはいえ、母さんの手がかりがこの家にあるかもしれないからな。……それに、俺の話をするならこの場所が一番だ」  差し出せるものがそこにあるのに使わないなんて選択肢はない。教えられることは全て教え、見せられるものは全て見せようと思った。ただそれだけの話だ。 「調べるには、俺の情報も知って置いた方がスムーズだろう?」  首を傾げると橙はぴくりと眉を動かす。赤、と声は語り出す。 「俺は赤が望むなら最低限の情報だけでも動くよ。でもね、赤。これは俺の我が侭なんだけど。俺は赤が自分のことを話してくれる機会を見逃したくない。見逃して、何が赤のウィークポイントか分からないままに傷つけるなんてしたくない。だから……、聞いちゃダメかな」  橙は自分の拳を握り込む。初めて会った時のように熱のこもった眼差しに、ずっと待っていてくれたんだと気付く。ふと視線を横に向ければ、真剣な顔で俺を見守る青の姿。録と桃は何かを言いたげな表情をしながらそれでも静かに俺を見つめている。多分、ずっとこうやって見ていたのだ。俺の居場所を守るために言葉を飲み込んで、見守ってくれていた。 「いいよ、話す。あんまり楽しい話じゃないけど、それでもいいなら」  ふっと口元を緩める。ゴロゴロと窓の外で雷が鳴った。もうじき雨も降るだろう。先程よりも余裕ができたからか、頭痛は幾分かマシになっている。指先を握り込むと冷えた感覚が掌に走った。 「じゃあ、何から話そうか」  やっぱり、話すなら事の起こりからだろう。 「最初は、四人家族だったんだ」  語る声はノイズ音がしそうな程掠れていた。咳払いをしても声の調子は変わらない。さっきまでかいていた汗はすっかり乾き、体温をすっかり奪っていた。  

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