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全く集中できなかった。
気がつけば授業は全て終わり、放課後になっている。告白を断ることがこんなに体力を要するとは。
「疲れてるね」
朝に一悶着あったみたいだし、と欠伸を零す三浦にあぁと曖昧な返事をする。俺の依頼を受けてから、三浦の情報収集範囲は学内から学外へと移行している。正確に言うと今まで学内外だったものを完全に学外へと移行した、らしい。学外に手足となる人材がいるらしいが、企業秘密とかで詳しくは教えてくれなかった。
情報は俺の命だからね、と真剣めいた顔で言われてはそれ以上質問を重ねることもできない。
聞かれたくないことくらい、誰にでもあるということなのだろう。
「なんなら試着会休んで帰ったら? 奴ら椎名にも着せたいみたいだけど、名目上は裏方なわけだし」
ハンガーラックにかけられた大量の衣装を見やる。
和服や軍服、変わり種では着ぐるみ、果ては誰が着るのかバニーの衣装まで幅広いラインナップがずらりと並んでいる。お祭りテンションのデザイン係が悪ノリした結果である。一応真面目にデザインされたお洒落着も存在する。コスプレ色の強い衣装で霞んではいるが。
「……、あー。当日着るスタッフTシャツだけ合わせたら帰ろうかな」
「ん? 椎名、帰るの?」
「花井」
部活に顔を出していた花井がひょっこりと教室に戻ってくる。ちなみに花井は登山部だ。意外とアウトドア派らしい。文化祭ではテントの設営タイムアタックをするとかで、優秀な成績を修めた人には景品を授与するのだとか。準備も楽でいいよねとは花井の言である。
「ちょっと疲れてるみたいだからさ」
あいつらは盛り上がってるけどと説明する三浦に、花井は呆れた表情で浅く頷く。
「帰っても大丈夫でしょ。まぁ当日椎名に着せられない分を今、って期待してるみたいだから一着だけ着てやったら? そしたら皆納得もするでしょ」
「えっ?」
そんな馬鹿な、と呟いたのが聞こえたのか。花井は気付いてないのと片眉を上げる。
「あいつら、椎名が思ってるより椎名のこと好きだよ」
「花井も好きなくせに他人事みたいに」
「っうるさいな! それ言ったら三浦だって好きでしょ!」
きゃんきゃんと噛みつく花井と、耳を塞いで聞き流す三浦。話題が話題ゆえにかぁ、と体温の上がるのを感じる。ちょっと、と声をかけるもヒートアップした二人は聞く耳を持たない。
「大体っ、自分の本職バレた上で仲良くしてる時点で相当気に入ってるよね!? しれっとした顔して交流してるけどさぁ!?」
「んなこと言ったら冷たくあしらうのがデフォルトの花井くんも同じことですが!?」
「ちょっっと!!」
少し大きな声を出す。
なに、とこちらを向いた二人は俺の様子に口を噤む。
「………もう、分かったから」
視線に耐えかね目を逸らす。なおもじっと見つめてくる二人に恥ずかしくなり、小さく首を振り拒絶する。
「あんま見んな」
「えっ、わっ、ごめん!」
慌てて視線を逸らした二人は、徐々に顔を赤らめる。目から避けるようにぐいぐいと俺の背を押しながら花井は言う。
「ほら! 一先ず着替えてきたら?」
「あ、お、おー」
「ったく! 椎名が照れるからこっちにも移っちゃったじゃん」
「悪い……?」
いや、俺悪くないな。
俺の思いを察したのか、三浦は首を振り一言告げる。
「ギルティ」
それはおかしい。
***
一着、二着とどこに需要があるのか分からない服を着せられた後。迎えに来た柴と共に俺は帰路についていた。
「由きゅん、その手に持ってる物はなんです?」
「なんでもない」
「さっき渡した人、写真とか言ってませんでした? 見せてください」
柴は興味津々といった様子で俺の手元に視線を注ぐ。今日の迎えが柴だと知っていれば写真の存在を知らせるような真似はしなかったのに。後悔するも、後の祭りだ。
柴が言う写真は、クラスの出し物のうちの一つ。衣装を着たお客さんを撮影し、気に入ったら写真を購入して貰うのだ。その試し撮り、ということで興奮気味のクラスメイトが撮ってくれたのだが……。
他の面子ならまだしも、柴に見せるとなるとやや抵抗がある。やたらと人をショタ扱いしてくる男に自らを餌として差し出せという方が無理な話だ。
「嫌、だ」
「酷い!」
「他の誰でもなくお前にだけは見せたくない」
「えっ、特別ってことですか。私も由きゅんのこと……好きです」
しなを作りながら上目遣いで言われ、げんなりとする。自分より背の高い男に上目遣いされたところで……と思ったが、別に自分より低い奴にされたとてときめきもしないと気付く。
すり寄る柴を押しのけ、昇降口へ向かう。柴は一つ下の学年だ。靴を履き替えるまでの僅かな間だが、多少の逃避はできるだろう。はぁと溜息を吐き、自分の靴箱の蓋を開ける。見慣れない物が靴と一緒に入っていた。
人目を確認し、手に取る。開けると中には手書きの手紙と写真があった。
【バラされたくなければ、今日の十九時、音楽室】
息を詰め、写真に目を通す。見覚えのある写真だ。今朝見た写真と同じ時に撮られたものだ。違うのは、あの写真では読み取れなかった青と橙の顔がはっきりと目視できること。その一点。
「……なんで」
ああそうだ、なんで。
なんで、撮られた写真が一枚だなんて思ったんだろう。
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