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 朝十時。開催のアナウンスが流れる。それを皮切りにして生徒がまばらに校舎に散りはじめる。俺は最初店番だ。教室前に設置した机で受付としてパンフレットにスタンプを押すのが主な仕事。出し物を巡って判子を埋めると総合案内で景品に引き換えて貰えるとかなんとか。早い話がスタンプラリーだ。 「この判子、何の模様なの」  同じく受付当番の三浦が判子をひっくり返して顔をしかめる。 「全部集めると美術部が作成した一枚絵になるらしい」 「あー。だからこれだけじゃ意味分かんないのか」 「そそ」  店番がんばってな~と教室を出て行くクラスメイトとハイタッチ。先の放送からはや五分。徐々に廊下を歩く生徒の姿も見えてきた。 「あっ副委員長。ここなにやってるんですか?」 「仮装スタジオだよ。入ってごらん。似合う衣装があると思うな」  にこやかな顔を意識して手招くと、きゃぁと小さな歓声が上がる。 「椎名なにそれ」 「引くな。愛想よくして人を呼び込めという委員長のお達しだ」 「俺横内に言われてないけど」 「春樹にンなこと頼むわけなくない?」  三浦との会話に新たな声が割り込む。顔を上げた三浦はうげえと舌を出した。 「やっほー春樹、ゆかりん!」 「よぉ長谷川。寄ってけよ」 「もっと愛想よく」 「いらっしゃいませ! 一名入りまーす」 「しれっと入店させるじゃんウケる」  いらっしゃいませぇーと三浦が長谷川の背を押す。一丁上がり。 「賑わってますね」 「あっ大津くん。新聞部の活動?」 「お久しぶりです。はい、それも兼ねて校内を巡っているところです」  カメラを掲げてはにかんだ大津は、それにしてもと口を開く。 「惜しいですね。椎名副委員長のブロマイドはうちで出したかったんですが」 「ブロマイド……」  言い方を変えただけで扱っている物自体に変わりはないがなんというか。その呼び方はむずがゆい。  隣の三浦は「何を今更」とあくびを漏らした。 「そういや新聞部はブロマイド売ってたな」  一応表立っては売られていないものの、この学園に籍を置いている情報屋が把握していないはずもない。公然の秘密に近いからだろう、大津もさして不思議に思わなかったのかあっさりと肯定する。 「風紀は流石に手を出しにくいのでなかなか……」  あ、と呟き大津はポシェットを漁る。 「副委員長にお目にかかれたら渡そうと思ってたんですよ」  手渡されたのは数枚のブロマイド。どれもこれも見覚えがあった。それもその筈。手渡されたのは、 「夏目の……」 「――実はあのブロマイド、売ってなかったんです」 「なんで、」  前期第一回の試験勉強会にて撮影した青のブロマイド。てっきりもう出回っているものだと思っていたが……。 「その方が副委員長、喜ぶかなって思ったら売れなかったんですよねぇ……」  失敗したウインクに、こちらを見据えたもの。まさか売られていなかったなんて。 「あとこの……止められたんですが、一枚だけ撮れちゃってたみたいで」  申し訳なさそうに渡された写真には、青の見慣れた笑みが写っていた。黙っていればばれないものを。いや、それをやるくらいなら初めからこの写真を渡してこないか。 「ありがと、大津くん。自分でも予想もしてなかったんだけど……めちゃくちゃ嬉しい」  お礼を言って無難に受け取ろうという思惑に反して、へにゃりとした情けない笑みがこぼれる。ただの写真だ、だけど。 「返ってきたって気がするの、不思議だな……」 「ッ」  息を詰めた気配に誘われ顔を上げると、真っ赤な顔をした大津と三浦。 「んっ?」 「椎名……」 「喜んでいただけて何よりです……」  これあれだな。もしかしなくても俺が恥ずかしいこと言っちゃった感じだな?!  気づいてしまえばなるほど確かに、独占欲の塊のような発言だ。間違っちゃいないが、その根底の恋を自覚してしまっただけに羞恥を感じてしまう。 「~~クソ、」  青の奴め。  完全なる八つ当たり。大津が教室を後にしてから、青に会っていない間でさえ甘やかされてると気づいて自滅したのは余談である。  同時刻、校門。 「……まだ学生証で入れるんだ」  つい先日まではここの学生であった証。今となっては使いどころのないスペックを有したカードだと思っていたのだが。 「退学してからすぐに機能停止するワケじゃないとか」  セキュリティとしてどうなの。  呟く声に応える者はいない。拍子抜けしたらしい男は微妙そうな顔をしつつも歩き出す。何ともなしに訪れた学園だが、入れたとなると話は別。向かうは椎名由のいる教室。

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