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第5話

 彼はいつも、僕が淹れたコーヒーを、世界で一番好きだと言ってくれる。僕は、あなたに触れられて身体を結び付けている時、世界で一番幸せなんじゃないかと思う。世界で一番幸せなセックスをしているんじゃないか、って思う。  それでも、僕はつい最近まで、『好きだから』という理由だけで、好きな人と一緒にいたいと願うことを、とても子供っぽいことのように感じていた。  好きだから、一緒にいたい。  好きだから、抱き合いたい。  好きだから、キスしたい。  好きだから、2つの身体をつなげていたい。  ……そんなふうに思うことは、なんだかとても子供じみている気がした。 「好きだから、」  …………だから?  と、いつももう一人の自分が問いかけている気がして、いつも、その「だから」の先にもっとマトモな理由がなければいけない気がした。けど、愚かな僕にはその先にくるものが何なのか、まったくわからない。  だけど、その先に必要な「マトモ」な理由って何なんだろう? 「好きだから」ということ以外に、大好きな人と一緒にいたい理由なんて必要なんだろうか? 「好きだ」という事実以外、2人にとって何が重要で、必要なんだろう。  ハタチを超えたいい大人が、後先も考えずに、「好きだから」なんて理由だけで一緒にいられるなんて、実はとっても幸せなことなんじゃないだろうか。そんなふうに、最近は思うようになった。  コーヒーの山に、口先の細いポットでお湯を注ぐ時、何気なく鼻歌であの曲を歌っていることがある。ジャズスタンダードの『BLACK COFFEE』。いろんな人があの曲を歌っているけれど、僕がいちばん好きなのはペギー・リー。その次は、エラ・フィッツジェラルドか、k.d.ラング。  愛する人を恋い慕う気持ちが、熱いコーヒーを淹れさせる。けど、その愛する人には、自分以外にも恋人がいて、彼がこの次いつ自分のもとへやってきてくれるのか、そんな約束はかけらもない。「次の日曜日なんて来ない気がする」と、彼女たちは歌う。  空は青く澄んでいても、晴れない心のまま、ただ苦いコーヒーを飲んでいるうちに時は過ぎてゆく──。  ベッドに体を起こして膝を三角にして座り、隣で眠る彼の頬に指先で触れる。今度、ここに来るのは、次の次の週末。再来週。その時までデートもセックスもお預け。  でも、……再来週はちょっと遠いなぁ。こんなに好きなのに。彼には、僕しかいないってわかっているのに。  彼が目を覚ましたら、「来週の金曜日、バイトが終わったらここに帰ってきてもいい?」って聞いてみよう。きっと彼は、「いいよ」と言っていつものように微笑んでくれるに違いない。  今度の週末。  目が覚めたら彼が作ってくれる朝食を一緒に食べて、僕はまた、彼の体調を心配しながらコーヒーを淹れて、おそろいのカップを探しに行って……。あぁ、でも土曜日はまた、一日中ベッドで過ごすことになるのかもしれない。今日みたいに。

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