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イイ匂い
「先輩は、いつものようにイイ匂いさせてますね」
「え? ああ……、これか?」
半分ほど食べたアップルパイ。
買ったときは焼きたてだったけれど、今はもう冷めてしまった。
それでもめちゃくちゃ美味いんだよ、ここのアップルパイは。
サクサクのパイ生地に、アップル風味ではなく本物の分厚い林檎が入っているし、そのおかげで爽やかな香りと自然な甘みがジューシーで、濃厚だけど重くないカスタードが林檎を引き立てて、ふわりとシナモンの匂いが全体のバランスをまとめている。
うん、もうほんと全部すき。
そういえば、こいつと最初に会ったときも、そんなことを言っていたのを思い出した。
──半年ほど前の、まだ肌寒い季節。
毎度のごとくアップルパイを買ってきて、無糖のペットボトルの紅茶と一緒に屋上で食べていた、ときだ。
『……いい匂い』
ひとりでスマホをいじりながらリラックスしていた俺は、突然どこからともなく聞こえたその声に、びくりと飛び跳ね、それはそれは驚いた。
声の音源を探してキョロキョロと辺りを見渡すと、給水塔の近くで寝そべっていた男が身体を起こしたのと同時に、目が合う。
何故か俺よりも、そいつのほうが驚いたような顔をしていた。
そこから、別に待ち合わせをしているわけでも、連絡先を知ることもなく、ただ何となく会話をするようになって。
……それが、一番最初の出会いだった。
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