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ほくろ
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机に頬杖をついて、窓の外に目を向ける。
初夏の木々が放つ青くさい香りに鼻をくすぐられ、これから暑くなるな、と思う。途端にひどく憂鬱な気分になり、授業中にも関わらず、思わず深いため息を洩らしてしまった。
夏、半袖の季節。一年中長袖で通す俺――深見叶(フカミカナエ)にとって、最も忌まわしい季節だ。
日焼けしたくない女子ならまだしも、真夏の盛りにも長袖シャツのまま過ごす男子なんて、学年中見渡したって俺くらいのもの。どうしたって悪目立ちしてしまうのだ。
たとえ炎天下で体育があろうと、何十年に一度の酷暑が訪れようと、俺が頑なに半袖を避けるのは、なるべく素肌を――ほくろの多すぎるこの肌を見られたくないからだ。
小さい頃から、ほくろが多いことがコンプレックスだった。
顔だけでも、遠目にわかる大きさのほくろ十個以上あり、もちろん身体には数えきれないほどたくさん散らばっている。
しかも、男のくせに母親に似て、肌の色がやけに白いせいで、さらにほくろが際立つのだ。せめて色黒だったら多少はほくろの存在感が薄れただろうに、と思うが、そればかりはどうしようもない。
日焼けしようにも、太陽に当たると肌が火傷みたいに真っ赤に腫れ、その後はほとんど黒くならずにまた色白に戻ってしまうので、ただ痛い思いをするだけなのだ。
特に顔は、右目の下と左の頬の真ん中、唇の横に大きなほくろがあり、昔から格好のからかいの的だった。
小学生の頃は、ほくろ男やらほくろ大魔王やら、恥ずかしいあだ名をつけられたことも一度や二度ではない。
そういうからかいを軽やかに笑い飛ばしたり、平然と受け流したりできるタイプならよかったが、あいにく俺はそんな社交性も強靭な精神も持ち合わせていない、つまらない人間だ。
軽くからかわれただけなのに表情を強張らせて硬直し、その場の雰囲気を白けさせてしまったことは数えきれない。
そうして俺が唯一身につけた処世術は、『存在を消す』ことだった。
いない人間をからかうやつはいない。だから、いなくなるのだ。
息を殺し、身を潜め、誰とも話さず、なるべく誰の視界にも入らないように、誰の気にも障らないように生きる。クラスの空気になるのだ。
その作戦は今のところ成功をおさめており、高校に入学してから一年と三ヶ月、誰からもほくろについてからかわれずに済んでいる。誰とも会話していないのだから当然とも言えるが。
そもそも、真夏にも長袖を着て、シャツのボタンも詰襟のホックもきっちり上まで留めて(胸元にも目立つほくろがあるから)、肩につく長さまで髪を伸ばし(首筋にもほくろがある)、体育の授業の前後にはカーテンのかげに隠れるように着替える(色白でほくろが多いことだけじゃなく、いくら食べても太らず鍛えても筋肉がつかないひょろひょろの身体もコンプレックスなのだ)、そんな変なやつと関わろうと思うやつはいないだろう。
「はあ……」
知らず、もう一度ため息が洩れた。
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