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下積み時代の話

『卒業したら、一緒に住もう。俺はもう、お前と離れたくない』 高校の卒業式の前日。高校生最後のデートをしていた時だ。誰もいない公園で、悠仁(ひさひと)に手を握られてそう言われた。 広幸(ひろゆき)は嬉しかった。悠仁は、卒業して自分の夢の為に上京する。それを広幸は分かっていたが、何も言えなかった。行かないで、とも。寂しい、とも。一緒に行きたい、とも。夢を追う悠仁に、言って幻滅されたくなかったのだ。 だからこそ、悠仁に誘われた時広幸は泣きながら頷いた。 行くとは言ったものの、まだ広幸の両親には伝えていなかった。自分も東京に行くとその日のうちに広幸は両親に話した。 無理だ、やめとけ、何を考えているんだ。父親はそう広幸を怒った。しかし、広幸も譲らない。どうしても、悠仁のそばにいたかった。 広幸も東京に行くという話は、父親のお陰で難航した。悠仁も説得しに来てくれたが、門前払い。どうしようと思っていた時、母親が言ってくれた。 『本当に大変な時は、連絡を頂戴。お父さんも、本当はもうあなたの東京行きは許してるのよ。ただ寂しいだけ。息子と、いい話し相手の悠仁くんが一気にいなくなるから』 母親は笑いながら言うと、広幸に1枚の封筒を手渡した。 『ここに10万入ってるわ。大切に使って』 広幸の両親の深い愛情のお陰で、2人は東京へ行くことが出来た。 「……………よし。今日は、悠仁のオーディションの結果が発表される日だ。受かっててほしいけど、落ちても頑張ったことに代わりはないし。肉、使っちゃお」 この日の為に買っておいた豚肉を、広幸は冷蔵庫の中から取り出した。 いつもはもやしだけを炒めているが、今日は特別な日なのだ。悠仁が受けたオーディションの結果が今日発表される。今まで、何回もオーディションを受けては落ちていた。 今回こそ、今回こそと願いを込めながら豚肉を炒める。もうオーディションは終わっているが、そう願わずにはいられない。 豚肉ともやしの炒め物も完成し、そわそわとしながら悠仁の帰りを待った。 悠仁は今日、夜のバイトで帰りは遅い。バイトの帰りに、直接オーディションの主催者に結果を聞きに行くのだ。 まだかな、まだかなと待っていた時だ。 「ただいま」 悠仁が帰ってきた。近所迷惑と分かっていたが、ドタドタと足音をたてて玄関に出迎えに行く。 「おかえり!ひさひ、と」 帰ってきた悠仁の表情は暗く、オーディションの結果が望んでいるものではなかったことが分かる。 何と言葉をかけてあげたらいいのか分からない。悠仁がどれだけ努力しているか知っているからこそ、広幸の瞳から涙が溢れ出す。 「……………何、広幸が泣いてんの?」 「だって、ぐやじぃぃ」 「ふふっ。不細工な泣き顔だな」 ホッとした表情を見せた悠仁が、ワンワンと泣く広幸を抱き締める。広幸も悠仁にしがみついた。 「オーディション。またダメだった」 「ん、」 「でも、今回はセリフはないけど舞台に立たせて貰えることになってさ」 「え?」 悠仁の言葉に驚いて、広幸は勢いよく顔をあげた。あげた時の顔が悠仁の想像以上に不細工だったのか、目があった瞬間本気で笑っていた。 本当なら、笑われたことを怒るが今はそれどころではない。 「その話、ほんと!?」 「ほんと。セリフはないし、ただ立ってるだけだけど、それでもいいならって」 今まで何回もオーディションを受けたことがあるが、そんなこと1度もなかった。落選すればそれで終わり。 でも今回は、セリフはないが悠仁念願の舞台に立てるのだ。 「うれじぃぃぃ。ぎょお、ぶだにぐづかってよがった!!」 「え?豚肉使ったの!やべっ。今日の晩ごはん豪華じゃん!」 ただの豚肉なのに、本当に嬉しそうに悠仁が笑うから。こういう時に実感するのだ。どんなに辛くても、キツくても、苦しくても、悠仁といろんな感情を分かち合えるのなら幸せだと。 「晩ごはんは豚肉入りのもやし炒めで、風呂には入浴剤。今日は幸せな日だな」 「舞台に出れることを1番に喜べよ!」 晩ごはんを食べた後、2人は一緒にお風呂に入っていた。1人用のそれは2人で入るには狭い。しかし、くっついて入れるからといつも2人一緒に入っていた。 お金が勿体ないからと、滅多に入浴剤は入れない。入れるのは、お祝い事があった日だけ。今日は特例だ。 「というか、悠仁何か当たってる」 「やーん。そういうこと言っちゃう?」 「いやだって、いつもはその、当たんないのに、」 自分で言って恥ずかしくなったのか、広幸は自分の手で顔を隠した。そう。広幸の言う通り、こんな風にいつもくっついて入るが、悠仁のそれが当たったことは滅多にない。ここに住み始めた頃は、毎日のように当たっていたが。 「何でだろ。今日は、すっげー幸せだなって思ったら、急にムラムラして」 「ムラムラって、」 「いい?優しくする。声も出ないように、塞いであげる」 欲情した男らしい悠仁の声に広幸が敵うわけもなく。いいよという返事を込めて、広幸は自分からキスを仕掛けた。

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