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売れてからの話
「ただいま」
返事がないと分かっていながらも、毎日言ってしまう言葉。何日目、いや何十日目だろうか。誰もいない広い部屋に帰るのは。
悲しいし、辛いし、苦しいと思う日の方が多くなった。最初の頃は、とても嬉しい気持ちだったのに。お金がいっぱい入るようになったから、前よりもはるかにいい部屋に住んで。何不自由ない生活を送っているのに。
大好きな悠仁の夢が叶うにつれて、広幸の心にぽっかりと大きな穴が開いていく。
テレビでは、毎日のように悠仁に会えた。ドラマの宣伝で、映画の宣伝で、見ない日の方が少ない。
それでも、例え見れたとしても手の触れる位置に悠仁はいない。だから最近では、広幸はテレビを見ないようになった。だって、悠仁に会いたくなるから。
3年前のこと。ちょくちょく舞台で役を貰えるようになった頃、とある映画の監督がたまたま舞台を見に来た。そこで悠仁に一目惚れをして、主演映画の話が舞い込んできたのだ。
その主演映画が大ヒットして、悠仁は瞬く間に人気者になった。
悠仁も、広幸も2人で喜んだ。やっと認められたのだ。世間からも、悠仁のことが。今までも、何度もオーディションとかに落ちても諦めなかった悠仁が、やっと大舞台にたったのだ。
人気が出ても、きっと今まで通り一緒にいられる。一緒にいられないことが多いとは思うが、それでも大丈夫。その頃はそう思っていた。
「――――――でも、もうだめだよ、ひさひと」
2人でもゆったり寝れるようにと、そんな悠仁の思いで買ったキングサイズのベッド。でも、こんなもの本心を言えば要らなかった。
だって、悠仁がいない時はたった1人で広いベッドの中で寝ないといけないのだ。
ただ寂しいのだ。冷たいシーツのおかげで、自分が1人だとよりいっそう実感する。
涙がじんわりと瞳に溜まってきて、ホロホロと溢れ出した。前は、溢れた涙は悠仁が拭ってくれた。もったいないと笑いながら。でも今は、涙を拭ってくれるのは冷たい枕だけ。
震える手で、ずっと握りしめていたスマホをタップする。そして、出ないと分かっていながらも悠仁の番号を押していた。
予想した通り、悠仁は撮影中なのか電話には出なかった。すぐに留守電に繋がる。
本当は留守電なんかじゃなくて、電話で直接伝えたかった。でも、それすら叶わないなんて恋人なんていうのかな。
もしもし、悠仁?広幸だけど。
ごめんね、俺。もう我慢できないんだ。
寂しい、辛いし、苦しいし。悠仁がそばにいないことに、もう耐えられない。
悠仁の昔からの夢が叶って、俺も本当に嬉しかった。だって、やっと悠仁の努力が報われたんだから。でもね、もう応援するのもつらいんだ。
大好きなのに、そばにいてほしいのに、ギュッと抱き締めてほしいのに。何でそばにいてくれないの。
こんなこと言いたくないのに。物分かりのいい、悠仁の夢を応援できるいい恋人でいたいのに。もう無理なんだ。
だから、さよならしよう。ごめんね、悠仁。こんなに弱い恋人で。本当にごめんなさい。
広幸は電話を切って、電源もOFFにした。この留守電を聞くのは仕事が終わってからと広幸は分かっていたから、泣いて少し疲れた身体を休ませる為にそのまま瞳を閉じた。
今日だけは、夢の中だけでも一緒にいられたらいいなと願いながら眠りについた。
「おはよう、ひろゆき」
広幸が泣いて腫れてしまった目をゆっくりと開くと、目の前に同じような顔をした悠仁が横になっていた。
何でここにいるの?そう、広幸が聞こうとした時だ。悠仁にキツく抱き締められた。何でと思ったが、久しぶりの悠仁の体温に広幸の瞳から涙が溢れだした。
「ひさひ、と」
「ごめん。今まで、本当にごめん。自分の進む道ばっかり見てて、広幸のことを気にしなくて本当にごめん。でも俺、広幸のことを手放してやれない。離れたくない。そばにいてほしい」
「でも、でもおれ、もうむりなんだよ。おれだって、おれだって、悠仁とはなれたくないのにっ!やだぁ、やだっ」
大声で泣きながら、広幸は悠仁に本音をぶつけた。広幸の本音を、悠仁は黙って受け入れる。そして、まだ泣いている広幸を抱き上げると、そのままリビングに足を進めた。
リビングについて、悠仁は広幸をソファーに座らせるとテレビをつけた。
そして、ちょうど流れていたニュースを見て広幸は目を見開いた。
【俳優の清水悠仁、突然の引退発表!!】
「な、なんで」
「言ったでしょう。俺は、広幸のそばから離れたくないの。離れないためだったら、俳優だってやめる」
「だめ、だめそんな、」
「まぁ急だったから、違約金とかいっぱい払わないとダメなんだろうけど。いつかさ、2人で小さなカフェを開くのもいいかなって思って」
悠仁はそう言うと、広幸の前に跪き手を取って薬指に指輪をはめた。
「こんな俺だけど、これからも一緒にいてくれる?」
悠仁の言葉に、広幸は泣きながら頷いた。
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