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第1話

 筒井将太(つついしょうた)は、動物に例えるなら犬だ。  誰もがそう言う。 「見てみて!かわいいでしょー。マリンちゃんっていうの」  昼下がりのカフェテラス。講義のない学生たちが集い、他愛無いおしゃべりに興じたり、勉強をしたり。  その中で甲高い声をあげ、重さが倍以上になっているんじゃないかと思うほどごてごてとデコレートされた携帯の画面を見せてくる女友達に、吉槻夕也よしつきゆうや は内心で溜息をついた。  見せられたディスプレイにはチワワを抱えた彼女、松田(まつだ)が写っていた。 「へえ、可愛いじゃん」  ひらひらとした服を着せられた犬は、窮屈そうに見えたがまぁ可愛かった。 「でしょ!すっごい甘えっ子で可愛いんだよ」  ニコニコと言ってくる彼女は、夕也の所属するテニスサークルの子だ。  テニスサークルといっても軟派な感じの飲みサークルみたいなもので、実際にテニスをやるのはごくごくたまに、だ。  夕也がこのサークルに入った理由は特にない。ただ、サークルに所属していたほうが、試験とか就職活動の時に有利かという打算からだったりする。  今日、夕也は三時から友人と出かける約束をしており、昼からの講義がないのでこうしてカフェで時間を潰していたのだが。 「犬ねぇ、写真は可愛いけど実際はウザくね?」 「えー!ウザくなんかないですよぉ、塚田(つかだ)さんひっどーい!」  カフェにいた夕也を目ざとく見つけた松田と、そしてたまたま通りかかった一個上のこれまた同サークルの塚田が、同じテーブルに腰をおろしていた。  本当は一人で過ごしたかったのだが、捕まってしまったものはしょうがない。 「夕也は何か飼ったりしてないの?」  松田がテーブルに身を乗り出して、夕也に訊ねてきた。 「俺は何も…」  夕也は一人暮らしだ。自分の世話もままならないのに、動物なんて飼えるはずもない。ちなみに実家でも動物を飼った試しはない。  しかし、夕也が飼っていないと言う前に、隣に座っていた塚田がコーヒーを一口飲み、言った。 「夕也は犬飼ってるだろ」 「そーなの?」 「へ?塚田さん。俺何も飼ってませんて」  何を言っているんだ塚田は。  夕也は首を傾げた。  一人暮らしの夕也の部屋は、宅飲みに使われることがしばしばだ。つい先日も、塚田は夕也の家に泊まったのだ。何も飼っていないことは知っているはずなのに、と思っていると、塚田は意味深に笑う。 「ほぅら、ワンコがきた」  くいっとしゃくられた顎の先に視線を向けて、あ、と夕也はどうもバツが悪い顔をした。  ――あれは、俺が飼ってるわけじゃ、ない。  そう思ったけれど、肯定するように松田もくすくすと笑う。 「なるほどね。そっかぁ」  三人の注目を受けた人物は、視線に気づいたかと思うとぱっと顔を華やがせ、駆け寄ってきた。  背はゆうに180センチを超え、がっしりとした体つきをしているが、満々の笑みをたたえるその顔はどこか甘く幼い。淡く脱色されたふわふわの髪がその顔を包んで、怖いイメージはまったくわかない。 「夕也さんっ!」  加えて嬉しそうに夕也の名を呼ぶその姿は、万人に同じイメージを与えていた。 「筒井…」  筒井将太。夕也と同じサークルに属する、ひとつ下の後輩。  筒井将太は、吉槻夕也のペットだ。  誰もがそう言う。

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