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第7話

 夕也は体の力を抜いた。もういい。もう一緒にいても辛いだけだとわかった。 「なんで、なんでってお前は三歳児かばか!彼女と一緒にいたら俺はお前と一緒にいられないだろうがっ!飯食うのも、出かけるのも、彼女と行くだろ!」 「俺、夕也さんと飯食うし、一緒に出かけるよ!彼女ができたって、変わらない!」 「ドアホッ!なんにしたってお前が彼女と一緒に過ごすとき、俺は一人なんだよ!お前が彼女とセックスしてる間、俺は寂しく嫉妬してなきゃいけないんだ!」  夕也はやけくそになって怒鳴っていた。玄関でコレだけ騒げば、近所にも丸聞こえかもしれないとわかっていたが、興奮は冷めやらなかった。 「なら、彼女と一緒に過ごさない!セックスもしない!」 「馬鹿かお前は!んなことできるわけねーだろっ!ならその彼女はなんだってんだ!ただの名義か!?意味わかんねーよっ!」 「じゃあどうしたら夕也さんと一緒にいられるの!」 「お前が俺と付き合えばいいんだよッ!」 「えっ!?」  筒井の動きが固まった。予想通りの反応に、夕也は自らを嘲った。その隙に肩に乗る手を払い落とし、筒井を睨みつける。 「お前が彼女なんか作らないで俺と付き合えばいいんだよ!だけどそんなの無理だろうが!だから、無理なんだよ!俺とお前は一緒にいれないんだ!ごたごた抜かしてないでばっさり俺を切り捨てろ!」  夕也は筒井の脇から腕を伸ばし、玄関のドアノブを掴んだ。筒井を追い出し、はやく不貞寝してしまいたい。閉じこもりたい。  その伸ばした腕を、筒井の手が掴んだ。強い力で引かれ、夕也は顔を顰めたが、筒井は対照的に――なんと、笑っていた。きらきらと、輝いた笑顔をしていた。  予想外すぎる表情にポカンと口を開く夕也に、筒井は弾んだ声で言った。 「夕也さん、頭イイ!」 「は……?」 「そうだよ!俺と夕也さんが付き合えばずっと一緒にいられるね!うん!」 「は、ちょ……筒井、お前何言ってるか解ってんのか?」 「え?解ってるよ。俺は彼女作んないで、夕也さんと付き合うの」  頭が混乱して、夕也はただただ筒井を見つめた。筒井にからかっている様子などなく、彼は至極まじめそうだ。 「違う。付き合うの意味を、解ってんのか?」 「だから、解ってるよ。一緒にデートしたり、いちゃいちゃしたりー」 「いっ、いちゃいちゃって…お前…!俺もお前も男だぞ!付き合うとかおかしいだろ!」  本当は手放しで喜びたいのに、思わず夕也は筒井を諭そうと躍起になってしまう。筒井が何を考えているのか理解できない。また振り回されるのはいやだった。 「なら、夕也さんがずっと一緒にいたいって言ってくれたのは、どういう意味だったの?」 「それは…」  筒井に掴まれた腕がいやに熱く感じられた。 「お前が、好きだから…」 「俺も夕也さんが好き。俺と付き合って。夕也さん」  柔らかな髪に縁取られた顔が、夕也の顔を覗き込む。目を逸らすことができなくて、夕也は真っ赤な顔のまま、ギクシャクと口を開く。 「俺は、俺……お、おまえ、男と付き合ったことあるのかよ!」 「ううん。女の子としかない」  あっさり返された言葉に、夕也は少し傷ついた。女とはあるわけだ。分かってはいたが、筒井の過去の女まで恨めしいとは重症だ。 「俺、頭固いから気付かなかった。男同士で付き合ったっていいよね」 「よくねーよッ!きっ…キスとか!セックスとかできんのかよ!」  もちろん、夕也は平気だ。夕也とて女の子としか付き合ったことはないし、男を好きになった経験もないが、このところのおかずは筒井ばかりだ。 「夕也さんとなら、できると思う。っていうか、すごくしたいかも」 「っ…そんな…」  わけねーだろ、と続く言葉は、筒井の唇に飲み込まれた。  一瞬にして、全身の血が沸騰した。唇に触れた柔らかな感触に、眼前に迫った端正な顔。夢にまで見たキスを、今、している。 「……ね?」  ちゅ、と軽い音を立てて離れた筒井は、少し悪戯っぽく笑った。その顔がどんどんと歪んでいく。涙があふれ出て、夕也はしゃくりあげた。  嬉しくて嬉しくて、死んでしまいそうだった。 「ゆ、夕也さん!?えっ、えっ!?俺、やっぱり理解できてないの!?」  本格的に泣き出した夕也に、筒井の顔が慌てたそれに変わる。夕也は涙でぐしゃぐしゃの顔でその表情を見上げながら、命令した。 「も、もう一回…しろよ!」  筒井は安心したように微笑んで、そっと優しく口接けた。  昼下がりのカフェテラス。講義のない学生たちが集い、他愛無いおしゃべりに興じたり、勉強をしたり。  夕也はカフェオレをすすりながら、内心溜め息をついた。 「沙希ね、振られちゃったの」 「へぇ」 「夕也が協力してくれなかったからだよ!」  先ほどからこの会話の繰り返しだった。  今日、夕也は三時から出かける約束をしており、昼からの講義がないのでこうしてカフェで時間を潰していたのだが、見事に松田に捕まった。彼女も講義がないらしく、先ほどから延々と夕也に文句を垂れていた。 「別に夕也のせいじゃないだろ」  のんびりとした声は塚田だ。これまた暇人らしく、松田に責められている夕也を目ざとく見つけ、勝手に同じ席についていた。 「夕也のせいですよ!夕也が協力してくれてたら、絶対うまくいってたのに!」  松田は我が事のように悔しがっている。  沙希が筒井に告白したのは、つい昨日のことだ。うまくいく自信があったのか、焦っていたのか。彼女は電話で筒井に想いを告げてきた。  しかし、筒井はすぐさま断った。相手をなるべく傷つけないようにしながらも、はっきりきっぱりと沙希を振った。  夕也は松田に聞かされるよりも先に、その事実を知っていた。というのも、その電話があったとき、夕也は筒井の隣にいたのだ。 「まぁまぁ、沙希ちゃんなら他にもいけるでしょ。なぁ夕也」 「はぁ、そうですね」 「もうっ!沙希、可哀想っ!あんなにいい感じだったのに。学部でもすっごく仲良かったんだよ、あの二人!」  夕也は、松田の恨み言を聞き流した。仲が良かったというのが少し引っかかるものの、不安な気持ちは湧いてこない。大丈夫だ。  夕也はテラスの外に目を向けた。そこに、待っていた人物がいる。夕也と目が合うと、にっこりと笑って、こちらに駆け寄ってくる。  松田と塚田も気付いたようだ。松田は口を閉じた。 「おぅおぅ、相変わらずの忠犬っぷりだねぇ。こりゃ彼女もできないはずだ」  塚田が軽口を叩く。 「愛犬ですから。簡単に他人に譲りませんよ」  目を丸くした塚田と松田を残して、夕也は席を後にしたのだった。 おしまい

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