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【1】「夏は嫌いだが無くなったら困る」
「――溜息3回目だね。」
男の能天気ともいえる笑顔が尚更気分を下降させた。
さらに彼は白いレースのエプロンを着用している。
それが何だかさらに錦を脱力させる。
――おまけに、今日は雨だ。
厳密にいえば雨が降ったり止んだりを繰り返し、 その間太陽は一度も雲に隠れることなく陽は燦燦と地上を照り付けていた。
「天気が良いのに雨が降る。日照雨…これがもっとも腹が立つ。」
海を見ようと数度目の雨上がり後に庭先へ出てみれば異様に湿度が高かった。
冷たい風もどこか重たく感じ肌に纏わりつく生温さに部屋に戻ろうかとも思ったが、 何時もと違う風情に気が変わる。
太陽に反射し水滴を輝かせる庭はいつもと違う美しさがある。
草花の色がより一層濃く錦の目には映った。
気を取り直し景色を楽しもうとしたが、これが良くなかった。
しばらく庭を歩いていると眩暈がし気分が悪くなったため、30分も経たないうちに室内へ戻ってきたのだ。
――そして、この有様だ。
おぼつかない足取りで部屋に戻ってきた錦を見た時の男の顔は 一瞬にして鬼気迫る物へと変わる。
キッチンから大股で近づいて来たかと思うと、ひょいと錦を横抱きしてソファに転がした。
蒼白でありながらも、汗は滝のように流れている。
明らかな脱水症状だ。
タオルで汗を吸い取りたっぷりの水分を摂らせた後で、脇と額にタオルで包んだ保冷剤や氷嚢を当て男は錦の脈を測る。
吐気は有るか寒気はするか、人工呼吸はどうするかあれこれ確認をし軽度の熱中症だろうと判断すると、 安堵の溜息と共に表情を緩めた。
(人工呼吸は勿論断った。どう考えても不要だ。)
濡れたタオルで体を拭き着替えを手伝ったりと かいがいしく世話を焼きながらも男はキッチンで忙しなく働いている。
「…面倒をかけてすまない。」
「錦君は悪くない。悪いのはこの季節だね!!ごめんね僕が神さまならこの国から夏を失くしてあげるのに。」
夏が無くなったら、お前と出会っていなかったかもしれない。
「…それは困るので止めろ。俺の自己管理能力に問題が有った。」
だから、夏は嫌いだが無くなったら困る。
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