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【11】「もっと簡単な方法が有る事をお前は気付かないんだな」
「――それで、勘違いしたお前は俺を慰めるために菓子作りか。」
「幸せって思うとき、意外に簡単な事が多いでしょ。 美味しいもの食べることが一番手っ取り早くて簡単じゃん。 甘いお菓子が一番効果的だと思ったんだけどな。元気でない?」
最近雨で君の好きな海が見れないだろ?
つまらないのかとも思ってさ。
つまり、この男は単に細やかでも構わないので幸せを錦に与えたかったのだ。
「食べたい物だけど浮島以外にあるかな?」
止めてくれ。
お前が優しくするとどうにかなりそうになる。
そう思うのに、一度与えられた甘やかな時間は麻薬の様に錦を捉えて離さない。
押しとどめる言葉は舌が痺れ麻痺する。
封じ込める感情、抑える理性、しかし本能が言葉を押し出した。
「――海にまた連れて行ってほしい。」
唇を僅かに動かすと男はほほ笑んだままこちらに手を伸ばす。
夏の思い出と、貝殻を拾って歩いた砂浜。
男の手を自らとり指を絡めた、あの瞬間。
ずっと続けば良いのにと願った黄昏時。
「一緒に、浜辺を歩きたい。」
男の大きな半月型の目が丸くなる。
ますます女の様な顔に見える。
「無欲だな。そんな事で良いの?」
何が無欲な物か。
お前にとっては大したことでは無くても、俺にとっては重大な事だ。
錦はふぅっと息を吐く。
「甘味なんかでセロトニンは分泌されるものか。子供騙しだ。…取り敢えず頭撫でろ。今すぐだ。」
男の言う通り幸せは簡単な方法で得ることが出来る。
細やかな事を幸せだと思うことが、大事なのだ。
それこそ、甘い菓子などよりも確実に。
コンマ数秒で幸せになれる方法を口にすれば 案の定男はぶほっと噴き出す。
想定内だが腹が立つ。
「そんなので幸せになれるの?」
そんなので、とは何だ。
俺が幸せになる方法だぞ。
男には大したことではないと理解してはいるが、錦はむくれた。
もう良い絶対に教えてやるものか。
「他にないの?」
俺が幸せになれる方法は俺にしか分からない。
全ては俺次第で、そして、お前次第なのだ。
そう錦は結論付ける。
しかし、憎たらしい事に男は気付いていないようなので、憎まれ口をたたく。
一人で心揺らしているのが馬鹿みたいだ。
「ふざけてるのか。お前程度が俺を幸せにできるか。己惚れるなよ。 …おい何故手を引っ込める。俺の頭を撫でろ今すぐ撫でろ早くしろ。」
「可愛いなぁ、じゃぁ、あとでホラー映画見乍らいちゃつこう。」
「ホラー映画苦手なくせに。」
「錦君に抱き着けるので好きだとも。」
お前が側に居ればそれで良い。
俺の隣で笑いかけてくれるだけで良い。
こんなにも簡単なことなのに。
手間を掛けて菓子を作るくせに、もっと簡単な方法が有る事をお前は気付かないんだな。
男が笑いながら掌を頬へ滑らせると、錦は「やはりお前は馬鹿だ」と微かに笑った。
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