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【1】「この男の事が大好きなのだ」
「錦君立ってるついでに炭酸取って。」
入浴を済ませミネラルウォーターを飲んでいたら、 ソファで寛ぎテレビを見ている男から声を掛けられる。
一度は閉めた冷蔵庫をもう一度開き、アップルタイザーの瓶を手に彼の隣に座った。
「開けて~」
「甘えるなよ。」
そう言いながらもボトルのキャップを捻り、男に手渡すつもりだったが、 「ありがとう」と此方に手を差し出す彼を見て気が変わる。
クラスメイトの男子がお気に入りの女子に意地悪をする姿に低レベルだと思っていたが、 そうか、こういう気持ちだったのかと納得する。
男の目の前でボトルに口を付け喉へ流し込む。
男の酷く驚いた顔に笑ってやるつもりだった。
が、喉の奥から食道へ流れる炭酸の刺激が予想を上回った為に笑う余裕がなくなる。
「っ」
林檎の香りと味よりも強烈な刺激に飲み下すことが出来ない。
咥内で泡を弾けさせながら留まる液体が徐々に唾液交じりになり不快さを増し続ける。
「おいっ大丈夫か?」
かと言い一度口に入れた物を吐き出すなど出来る筈もない。
無理矢理飲み込んだら、粘膜に鋭い痛みが走る。
「…??っう…ぇ…けほっごほっ」
刺激が強く咳き込んだ。
「馬鹿っ無理してのむんじゃない。」
「うぅ…馬鹿は貴様だ。こんな物を飲むなど信じられない。体に毒だ。」
実は毒物では無いのだろうかと訝しむ。
こんな物が飲料物として販売購入されているなど実に驚きだ。
男は炭酸飲料を好むが、自殺願望か被虐趣味でもあるのではないか。
大丈夫?と背中を撫でながら男は錦の腰を引き寄せ横から抱き込む。
「それはともかく何かエロいんだけど君の顔。そうか、つまりベッドではこういう顔をするのか。ふぅん。」
咳は収まったが呼吸がまだ整わない。
涙をぬぐう仕草で下瞼を親指で撫で、咳込み紅潮した頬に手を添える。
「変態馬鹿死ね。」
「お子様な君にまだ早い刺激なのだよ錦君。」
男がなだめる様に最後に頭を撫で、手の中のボトルを取り上げた。
今更なのだが最近、気が付いた。
始めは慣れずに酷く戸惑ったが、パーソナルスペースに踏み込まれてもそれが「当たり前」になってしまった。
手を繋ぐところから始まった。
髪を撫でられたり、腰や肩に手を置かれ、いまでは胸に抱き込まれている。
ごく自然に違和感なく、距離がゼロになった。
今では当たり前すぎて疑問にすら思えない。
気が付けば錦の頭は男の腕の下を潜り、胸に収まっている。
男は普段通りの涼しげな顔でアップルタイザーを呷りながら視線はテレビの画面を向いている。
錦も当たり前のように男に凭れたまま、テレビを眺めた。
――きっと俺はこの男の事が大好きなのだ。
頭を胸にこすり付けると男が笑った。
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