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【2】「意地悪をしたいだけ」

男が見ているのは中国北京を舞台にしたプッチーニのオペラ【トゥーランドット】だ。 皇帝の娘であるトゥーランドットが出す三つの謎を見事解く事が出来れば、姫を娶ることが出来る。 しかし謎を解けなかった者は死刑となる。 謎ときに失敗したペルシャの王子が斬首の刑にかけられる時に、冷徹だが美貌のトゥーランドットに心奪われたダッタン国のカラフ王子が謎解きに挑戦するのだ。 「何幕目だこれは。」 「【第二幕】だ。」 すでに終盤に差し掛かっている。 そろそろ三幕目になる。 「トゥーランドットとカラフは結ばれるわけだが、カラフの為に 犠牲になった女奴隷が気の毒だな。 何の為の犠牲だったんだと思わなくもない。」 女性的なラインを描く細身の瓶を片手で器用に弄びながら 男は肩をすくめる。 「愛の為の犠牲さ。」 「おい、名無し。不便なのでそろそろ名前を何とかしろ。」 教えてほしいなど言いたくない。 何故俺が教えてほしいなどと乞わなくてはならない。 アップルタイザーを飲みながら男は笑う。 「じゃぁ、ダーリンで良いや」 「良くない。」 「じゃぁ、お兄ちゃん。うん、ちょっと言ってみて。」 「…それは名前とは言わない。」 「僕が僕と分かれば別に不便はないよ?」 「児童の権利条約を知らないのか。 第7条の一文に「出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有する」 とある。お前にもその権利がある筈だ。」 「そうだね。」 「同じことを何度も言うのは好きじゃない。早くしろ。」 「同じことを聞いても教えてもらえないのは何故だと考えないの?」 男は極まれにだが、辛辣な事を言う。 言葉使いや顔は優しいままだが、 引かれたボーダーラインを超すなと牽制するのだ。 男は飲み干したボトルをテーブルに置く。 「三つほど答えが出た。 一つ目はお前が馬鹿で俺の言っていることを理解できないからだ。」 「自分が馬鹿だとは考えたことないの?」 何て失礼な男だ。 馬鹿はお前だ。 「その回答に関してだが最初から可能性がないのだから考える必要はない。 何故なら俺は賢い。 二つ目は、お前は自分の名前にコンプレックスが有り名乗る事が出来ない。 偽名でも何でも良いから教えれば良い物を馬鹿め。」 どうせ別れるのだから偽りの名前でも良い。 男に付属する記憶が一つでも多くあれば良い。 「コンプレックスはないけれど、ちょっとドキッとする台詞だね。 本名を名乗ることはできないな。」 「意味不明だ。」 「分からなくても良いよ。三つめは?」 「お前は単に俺に意地悪をしたいだけ。」 「はーいっ!正解!」 「…何だと。最低だな!」 「教えてほしいって、僕が気になる?知りたい?」 「殺すぞお前。よしこれからトゥーランドット宜しく貴様を拷問にかける。」 「拷問にかけられたのは王子の奴隷リューだよ君。 しかもカラフの為に自決までするから結局姫は名前を聞き出すことが出来ていない。 無駄無駄。はははは。」 頬を抓ろうと手を伸ばしたらすっぽりと彼の手に包み込まれる。 そのまま男の膝の上にまで乗り上げてしまう。

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