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【4】「裏切れば良いのに。期待通りだ腰抜け。」

「名前、聞きたい?」 「いや、やっぱり…良い。」 「ん?最後はキスして名前を教えるんだけど。」 そうして、君は僕の名前は愛だと言いハッピーエンドだ。 「――名前を知ってそれでどうなる。何が愛だ。」 知りたい。 この男の名前を呼んでみたい。 この男の秘密を一つでも良いから欲しい。 恐らくこの男はこんな風に期待をさせておいて名前を教える事はないだろう。 それだけは、断言できる。 だから、こちらから拒んでやれば良い。 なけなしのプライドだ。 「君ならそう言うと思っていたよ。」 嘘でも良いからこの男に付属する記憶を一つでも欲しいと思った。 男は何が有っても最後の日まで嘘の名前すら錦に与えないだろう。 失望と予想通りだと納得する自分がいる。 「ふん。ではハッピーエンドとやらは来ないな。」 「でも、姫様の凍った心は溶けてしまうんだよ。」 「名前が分からないから、俺はお前と結婚しなくてはならないのか。 法律上俺とお前は結婚できないので、そうだな。 婚姻の本質ともいえる精神的、肉体的結合のうち後者なら果たすことが可能だ。 別に良いぞ。お前次第だ。」 「君ね、僕が何もしないと思ってそんなこと言ってるだろ。」 こんな体に何が出来るのか不明ではあるが、するならとっくにしているだろう。 「正解。」 「だから、そういう挑発的な笑みは止めなさいよ」 軽口をたたきながら、男の肩に額を擦り付けると彼の鼻先が髪の中へ埋まる。 そのまま頬擦りされ目を細め猫のようにじゃれる。 この別荘は夏でも冷房など不要な程に涼しい。 夜は少し肌寒くなるくらいだ。 だから、男の体温はとても心地よい。 猫であれば喉を鳴らしているだろう。 「それに僕は体より心を重視する方なんだけど。」 「それなら恋人にならなくてはいけないのか?無理だな。」 「無理なの?僕しだいって言ってたのに」 「その気も無いくせに何を残念そうな顔をしているんだ。」 「君はどうなの?」 さぁ、どうだろうな。 「何もされないから安心してるんだろ?じゃぁ、何もできないじゃないか。 君の信頼を裏切るのは心苦しい。」 「裏切れば良いのに。期待通りだ腰抜け。」 「君を傷付けるなら腰抜けで良いよ。」 歌の続きを強請ると男は、艶のある声で愛を奏でる。 『夜よ消え去れ星よ沈め』 男の胸に再び顔をうずめ、瞳を閉じる。 男の手も声も鼓動も体温も錦に触れる全てが心地良く、惜しいと思いつつも眠りに滑り落ちる。 ――朝が来なければ良い。 この夜が明けなければ良い。 お前が俺の側にいれば良い。 そう願った。

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