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アオキ

「あの子がいいな」 格子の外から客の男が指差してきたのはアオキの隣に座るアザミだった。 アザミはここ、淫花廓(いんかかく)の『しずい邸』で一、二を争う人気の男娼だ。 美しい容姿はもちろん、高慢さや鼻っ柱の強さが売りのアザミは、彼に罵られ踏みつけられたい願望を持つマゾ気質な客からの人気が高い。 同じしずい邸の男娼たちの中にはアザミの事を我が儘だ何だと言って目くじらをたててる奴らもいるが、彼の成績を前にしてはぐうの音も出ないのだろう。 オーナーである楼主さえも黙って見過ごすほどだ。 アザミはほくろのある口元に妖艶な笑みを浮かべると、スッと立ち上がり、打ち掛けを翻してアオキの前を横切っていった。 格子の中の選ばれなかった数名の男娼のほとんどは顔馴染みのものたちばかりだ。 その中にアオキは必ずといっていいほど紛れていた。 落ちこぼれ男娼のレッテルを張られた男娼たちは、客たちと寝屋に励む売れっ子男娼の繋ぎの相手などに使われたりもする。 しかし、アオキにはそれすらも廻ってこない日の方が多い。 親の借金の肩代わりのため、ここ淫花廓のしずい邸に入ったアオキは当初、楼主に売れる顔だと褒められた。 線の細い身体と、一見すると人を惹き付ける美しい容姿を持っていたからだ。 しかし、水揚げ前の研修を終えたアオキを見て落胆した楼主の顔は今でも覚えている。 この遊郭ではいくら見目が麗しくてもそれだけではやっていけない。 アオキは正にその一例で、決定的に欠けているものがあった。 それは性欲だ。 ここ男娼専門の遊郭『淫花廓』はその名通り、淫乱な質の男娼が多い。 元々の素質もあるのだが、そのほとんどは水揚げ前に行われる性技の研修によって肉体を開花させられる。 特にここ、抱かれる側の男娼が働く『しずい邸』の男娼はセックスが好きなものが多い。 いや、溺れていくといった方が正しい表現なのかもしれない。 当然ながらアオキも水揚げ前の研修を受けさせられた。 男衆(おとこしゅう)と呼ばれる性技を教育するために仕える男達の手によって、ここで働かなければ知りもしなかったような数々の淫具を駆使され、肉体を淫らに変える性技と男を悦ばせるノウハウを学ばされた。 しかしどういうわけかアオキの肉体は頑なで、手管に長けた男衆のどんな淫戯にも反応しなかったのだ。 それなら実践で覚えろと、これまで色んなタイプの客の相手をさせられた。 初めはその人目を惹く美貌で選ばれてはいたが、肝心の性欲が伴わないアオキから客が離れていくのは当然だった。

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