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アオキ2

どうして自分は他の男娼のようにセックスに没頭できないのだろうか。 真の淫乱にはなれなくても、せめて客を満足させられる肉体を持っていなければ客からの指名がつかない。 客がつかなければ年季も返す事ができない。 年季の返済をしていかなければいつまでたっても鳥籠の中の鳥だ。 馴染みの客でもつけばいいのだが、アオキにはそんな客さえもいない。 アオキは深くため息を吐くと、張見世(はりみせ)の格子越しに空を見上げた。 いつかこの淫花廓を出て、自由に振る舞える日なんて来るのだろうか? 自由になったところで特に何かしたいわけでもないのだが… 落ちこぼれ男娼の自分にはそんな日は到底来ないような気がした。 「アオキ、楼主様がお呼びだ」 ぼんやりと空を眺めていたアオキに男衆が声をかけてきた。 「はい、只今」 格子の出入口は狭く、少し屈まなければならない。 男衆が頭をぶつけないようにさりげなく手を沿えてくれる。 「ありがとうございます」 お礼を述べても男衆が返事をしたためしは一度もない。 怪士(あやかし)の能面をつけた不気味な男衆の雰囲気には未だに馴れないが、アオキたち男娼を傷つけるような事は決してしてこないので気にしないようにしている。 この淫花廓は治外法権が働く特別な場所なのだが、その内部には厳しい規約がしっかりと定められていて男娼はもちろん、上客でさえもその規約や規律を守らなければならない。 男衆と男娼たちとの間にも厳しい規約が設けられていて、みだりに会話をしたりはもちろん、性的な接触や色恋沙汰などはご法度とされている。 格子を抜けると、男衆の後に続き廊下を進んでいく。 ふと、左手を見ると組み込んだ格子越しにしずい邸と並行するように並ぶ建物に目が止まった。 『ゆうずい邸』 そこは、雄蕊(おしべ)…雄の働きをする男娼の住み処だ。 雄の働きとはつまり、アオキの立ち位置とは逆の働きを意味する。 客を抱く側の立場だ。 しずい邸で働くアオキたちが、ゆうずい邸で働く男娼たちと会う事や交わる事は決してない。 それにも厳しい規約があり、接触は固く禁じられている。 アオキはこの淫花廓に売られてから今まで、ゆうずい邸で働く男娼を一度も見たことがなかった。 同じ淫花廓という場所で働いているにも関わらず、その気配を一度たりとも感じた事がない。 物事に対して無頓着で深く意味を考えない質のアオキだが、男を抱く側の男娼と抱かれる側の男娼が出会えばどうなるかくらいの想像はつく。 雄蕊と雌蕊が互いを必要とするように、しずい邸の男娼とゆうずい邸の男娼が出会えば自ずと惹かれあってしまうからだろう。 男に抱かれる事に悦びを感じるしずい邸の男娼たちにとって、ゆうずい邸にいる彼らは甘い誘惑なのだ。 俺にはあまり関係ないか。 アオキは冷めた瞳でゆうずい邸から視線を逸らした。 どんな男娼が働いているのか少しは気になるが、自分とは無縁の話だ。 いくら彼らが手管に長けていても、岩のように硬いアオキの肉体が開花する事は決してないのだから。

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