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アオキ3
楼主の部屋の前に着くと、男衆が扉をノックした。
今更になって緊張してきたアオキは唇をきゅっと引き結ぶ。
楼主から直々に呼ばれるなんて滅多にない事だが、思い当たる節は充分にあった。
恐らく、いや、絶対にお咎めだろう。
自分の成績が下から数えた方が早い事は知っていて、かといって成績をあげるために必死に努力をしているわけでもなくお茶挽きばかりをしている。
そんなアオキに遂に引導が渡される時が来たのかもしれない。
追い出されるか、もしくは年季が膨れ上がるか、はたまた座敷牢に容れられるか。
あそこは嫌だな…
アオキは密かに思った。
座敷牢とは、男娼が規約や規定を破った際に罰として入れられるこの廓ならではの牢獄だ。
アオキはまだ経験した事はないが、座敷牢で折檻を受けたしずい邸の男娼を何人か見た事があった。
そこから戻ってきた彼らは身体中あちこちに鬱血の痕を滲ませていて酷く痛々しい姿をしていた。
そしてみながみな、口を揃えてこう言った。
「あそこは地獄だ」
と。
アオキはブルリと身震いした。
どんな拷問が待ち受けているのかわからないが、これから起こる自分の身の上を案じずにはいられなかった。
「誰だ」
暫くすると扉の奥から低い声が聞こえた。
「アオキをお連れしました」
「あぁ、入れ」
ギィ…と音をたてて、扉が開かれる。
アオキは急いで着物の乱れを正すと背筋を伸ばし、楼主の部屋に足を踏み入れた。
紅い絨毯の敷かれた楼主の部屋は大正ロマンを感じさせる内装だ。
格子枠の窓は幾何学的に組まれたモダンなデザインが施されていて、壁は赤褐色を使ったサペリの腰壁。
天井に近い窓枠にはめられたステンドグラスがほの暗い部屋に美しい光の影を落としている。
そのアンティークモダンな部屋の奥にある重厚なデスクの向こうで楼主がこちらに背を向けて立っていた。
「アオキです」
緊張した面持ちでそう言うと、背を向けていた楼主が振り返った。
着流しに羽織り姿の楼主は、懐手姿でアオキを一瞥すると視線を厳しくさせた。
壮年過ぎるか過ぎないかの男は、荒削りで武骨だが年を重ねたものにしか出せない大人の色香を漂わせている。
着物の上からでもみてとれる鍛えられた上質な筋肉や立ち振舞いは、アオキが今まで見てきたどんな客より力強く濃厚な雄の匂いがした。
しかし、男は決して人をそばに寄せつけない冷たい空気を放っている。
それは男娼たちにも、男衆たちにも誰に対して変わらずだ。
有無を云わさないほど徹底的な教育と支配、一切の妥協などない決断力で、今まで何人の男娼が泣かされてきたかわからない。
この大規模で格式高い廓を統率するためにはそうならざるを得ないのかもしれないが、もう少しにこりと笑ってもいいんじゃないかとアオキは密かに思っていた。
「なぜ呼ばれたかわかっているな、アオキ」
枯野色 の着流しから煙管 を取り出すと、その先でアオキの顎をくいと持ち上げる。
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