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アオキ36

「寒いな」 紅鳶はそう言うと、ブルっと震える。 確かに、二人とも全身すぶ濡れのままだった。 このままでは体温がどんどん奪われていく。 たった今聞いた紅鳶の気持ちに、アオキの心はふわふわとしていたが、身体はすっかり冷え切って冷たかった。 すると紅鳶が徐に立ち上がる。 「待ってろ」 紅鳶はしばらく部屋を散策すると、手に何かを抱えて戻ってきた。 「脱げ」 まだぼんやりと惚けているアオキに向かって、着物を脱ぐよう促がしてくる。 「…え?」 「濡れた着物を着たままじゃ体温を奪われる、代わりにこれを巻いてろ」 寄越されたのはシーツだった。 紅鳶は何の躊躇いもなく自らの襦袢の紐を解くと肩から落とした。 「悪いな、風呂は使えないからこれで我慢してくれ…アオキ?何してる、早く脱げ」 「は、はい」 アオキも着物の帯を解いた。 もたもたと手を動かすふりをしながら、横目でそっと紅鳶を盗み見る。 久しぶりに見る紅鳶の裸体は暗闇の中でも逞しく色香に満ちていた。 思わず目が釘付けになる。 はっきりと見えるわけじゃないのに、以前より魅力的に見えるのはなぜだろう。 口の中が唾液で溢れ、アオキはそれを音を立てて飲み込んだ。 紅鳶がフッと笑う気配がする。 もしかして気づかれただろうか。 恥ずかしい。 これじゃあ何かを期待してるみたいだ。 アオキは慌てて濡れた着物を落とすと、渡されたシーツにくるまった。 恥ずかしさに俯くアオキの身体を、背後から紅鳶が抱きすくめてくる。 「ベッドに行こう」 耳元で囁かれて、肉体の芯がズクリと疼く。 はしたない自分の欲望にほとほと呆れた。 けれど、好きな人を前にして我慢なんてどうやったらできるのだろう。 言葉を詰まらせていると、紅鳶がクスクスと笑った。 「安心しろ。さっきまで溺れかけてたやつをどうにかしたりはしない」 「ほら、もっとこっちに来い」 紅鳶に引き寄せられたアオキは、背後から抱えこまれるようにして並んでベッドに寝転んでいた。 どうやらここは今は使われていない蜂巣らしい。 他の蜂巣同様ベッドはあるものの、家具や家電などはなく、閑散としていた。 まだ電力が復旧していないのか、部屋は暗いままだ。 設備が整っていないのか、それとも敢えて明かりをつけないようにしているのかわからないが、とにかく今は暗い方が良かった。 恥ずかしいというのもあるが、一番は誰にも見つかりたくないからだ。 この蜂巣がゆうずい邸の敷地のどのあたりにあるのか、外がどうなってるのか、誰かが居なくなったアオキや紅鳶を探しているかもしれないとか、そんな事はもう気にしたくなかった。 少しの間だけでいい。 何のしがらみもない二人だけの世界を味わっていたかった。 「寒くないか」 訊ねられて、アオキはコクリと頷く。 「なんだ、大人しいな。今更照れてるのか?」 身体を強張らせるアオキのうなじに熱い吐息がかかる。 「あ、当たり前です…だって…」 「だって?なんだ」 「俺こんなに人を好きになった事がなくて…それなのに紅鳶様にも…す、好きと言ってもらえて…む、胸がいっぱいでどうしていいかわからなくて…」 シーツを握りしめながらアオキは必死に気持ちを伝えた。 すると、やや間があって紅鳶が深く溜息をつく。 「全く…前言撤回だな」 少し苛立ったような声色にアオキは不安げに振り返った。 紅鳶はムッとした表情でアオキを見下ろしている。 何か気に障るような事を言ってしまっただろうか。 考えあぐねていると、腰の辺りに何か硬いものが押し付けられた。 「そんなかわいい事を言われたら反応するだろ」 かぁっと顔が熱くなってくる。 アオキに押し付けらているのは間違いなく紅鳶の欲そのものだった。 嬉しい。 こんな風に求められる事が。 紅鳶もアオキと同じように我慢などできないという事が。 どんな上客に指名されるよりも、「美しい」と褒められても、一番手になっても、彼に求められる事以上に嬉しい事なんてない。 じんじんと身体が疼く。 頭の中が蜂蜜のように蕩けていく。 この人になら何をされてもいい、心の底からそう思った。 「俺もです」 身体の向きを変え、向かい合わせになるとアオキはシーツをめくってみせる。 「してください………して」 アオキの誘惑に紅鳶の目が見開かれる。 しかしすぐに険しい表情になった。 「悪いが優しくできないぞ」 苦々しい表情で告げられる。 しかし、アオキは一向に構わなかった。 どんなに激しても苦しくても、紅鳶に会えなかった日々を思うとなんだって耐えられる。 ましてや好きな人にされるなら本望だ。 アオキは彼の胸に飛び込むと、返事の代わりにその唇を奪ったのだった。

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