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さようなら

「お前ら気を付けて帰るんだぞ~!」 は~い! 高校で体育教師をしている今村浩介(いまむらこうすけ)は生徒を送り出すと自分も帰る準備をはじめた。 荷物をまとめ、通勤に使っている鞄を持ち上げる。 他の先生方から渡された資料や、生徒からの提出物が机の端の方に積み上がっている。 見た目はガッチリとしているが、見た目に反して机の上は綺麗に整頓されている。 「あっ!今村先生おつかれさまです!“さようなら”」 「あぁ、お疲れさん」 職員室を出ようとしたところで他の教師に声をかけられたのでそれに返事をして、足早に学校を後にする。 しかし、これを最後に彼は姿を消すこととなる事を今は誰も知らない。 「今日の晩メシは何にするかな…」 身体の弱かった妻が息子を生んですぐに亡くなり、1人息子の(つかさ)ももう少しで独り立ちだ。 最近では生活の足しになればと、バーのウェイターのバイトをしているらしい。 男の二人暮らしで、まだ幼なかった息子と支えあいながらなんとか今までやって来れた。 リリリリリ~♪ ぼんやりと今日の夕飯の事を考えていると携帯が鳴るので、ポケットから取り出してデイスプレイを見る。 名前のところに司という文字が表示されているのを確認して通話ボタンを押した。 「もしもし。司どうした?」 『父さん?今日は何時に帰ってくる?バイトも無いからメシ作ったんだけど…そのまま帰って来てもだ…』  司が簡単に説明をはじめてしばらくして、ガシャーンという何かが割れる音が電話口から聞こえた。 『えっ?』 「おい?どうした?」 『いや…なんか…』 ガラスが割れる様な音の後に、ゴトンと大きな音が聞こえてくる。 『ちょっ!何だお前ら!や、やめっ…』 「おい!司!どうした司!」 ツーツーツー 突然切れた電話と、不審な音に俺は嫌な予感がしてアパートへと急ぐ。 俺と司が住んでるのは下町にあるボロアパートの一室。 勤め先の高校からは30分と少し離れているが、愛着も妻との思い出もあってなかなか引っ越す踏ん切りがつかなかった物件だ。 「ハァ…ハァ」 アパートの前に着くと、一階左端にある自分達の部屋の電気は消えているのが見えた。 先程電話が不自然に切れる前に、司から家で夕飯を作ったと電話があったばかりなので電気が消えていること自体おかしいのだ。 こんな短時間のうちに出掛けるとは考えられないし、電話越しで聞いたあの音も気になる。 「ふ~」 俺は上がった息を整えつつ大きく深呼吸をしてからドアノブをおそるおそる捻る。 すると、鍵はきちんと掛かっていた。 急いでポケットから鍵を取りだし、ドアを開錠しようとするのだが気持ちばかりが焦ってなかなか上手く鍵穴に鍵が入っていかない。 「くそっ!落ち着け!」 俺は小さく一人言をいいつつ、ようやく開錠することに成功してそっと扉を開ける。 中はカーテンが閉めてあるのか真っ暗だ。 玄関横の電気のスイッチを入れるが、電気がつくことはなかった。 ブレーカーでも飛んでしまったのだろうか。 とりあえず、司の事が気にかかり鍵に着けている小さなペンライトを点灯させ靴を脱ぎ足早に奥に進む。 「司?居ないのか?司ぁ?」 うちの間取りは玄関の横にキッチンと風呂とトイレ。 その奥に8畳の和室とその更に奥に和室がある。 手前の部屋には司は居らず、更に奥に進むとカーテンが風になびいているのが見えた。 今日は月が出ていたので、外からの月明かりがカーテンが揺れる度に部屋の中に射し込んでくる。 「…!!」 窓に近づいた瞬間、後ろから口元に何かが宛がわれた。 俺は驚いて抵抗するも甘い香りがしてその臭いを嗅いだ瞬間、体に力が入らなくなる。 ちくっとした痛みを最後に俺の意識はブラックアウトした。

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