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誘拐5

俺は何か温かいものに包まれ、ゆらゆらと揺れていた。 その揺れがどこか懐かしくて気持ちがいい。 母さんは俺を産んですぐに死んでしまったらしい。 母親が居ないことに寂しさはあったが、いつも忙しそうにしている父さんを見ていたから物心ついた頃には自分がしっかりしなくちゃいけないんだという思いがあった。 そのせいで、父さんにはなかなか素直に甘えることができなかったなぁと思う。 でも、素直に甘えられない俺の性格を分かっていた父さんは肩車や抱っこをよくしてくれた。 それは甘えることが上手くなかった俺には凄く凄く嬉しいものだった。 「う…ん…」 その時感じたものと似た安心感に包まれ、俺はほぅと息をつく。 あの悪夢は終わったのだろうか。 いや、元々あんな出来事なんて実際には起きていなかったのかもしれない。 目が覚めたら隣に父さんの布団があって、高いびきかいて寝ているかもしれない。 それで、日課の大家さんの愛犬である柴犬の桃太郎を散歩がてらジョギングするのだ。 どんどんはっきりしていく意識の中で俺はそう思いつつ重い目蓋に意識を移す。 「・・・」 目を開けるとあの薄暗い部屋ではなかった。 あの部屋ではなかった事にほっ、と息をつき周りの様子を伺う。 白を基調としたタイルに、大きなバスタブ。 壁はガラス張りになっていることから、クラブに連れてこられたバスルームであろう。 今まで自分の身に起こった事が夢ではなく、現実であったことに絶望感で黒いものが胸がいっぱいに広がる。 しかし、俺は何故バスタブにゆったりと浸かっているのだろう。 クラブのものを無理矢理口にねじ込まれ、それが終わるとクラブがそのまま部屋を去っていったところまでしか記憶がないのに。 そんな時、褐色の腕が腹に回っているのが目に入る。 「おや?お目覚めかな…お姫様?」 「え?」 俺は誰かに抱きかかえられていたようだ。 俺の今の体勢は、その人物の胸板に頭を預け俺の腹にはその人の腕が回っている。 後ろに首を反らし、その人の顔を見るとロマンスグレーの髪にブルーの瞳のナイスミドルが居た。 髪を洗ったのか、後ろに撫で付けた髪から首もとに雫がポタポタ落ちている。 しかも、人工的でない褐色の肌に雫が落ちる姿は男の俺が見とれるほどカッコイイ。 「お姫様。私はバカラ。スペード君に急な仕事が入ったから、彼の代わりに君の相手をするよ?」 ちゅっ 腕を取られ、身体を反転させられると指先にキスを落とされる。 そんなキザな仕草にかぁ~っと顔が熱くなり恥ずかしさで思わず俯いてしまうとゆらゆらと揺れる乳白色の水面が目に入ってきた。 俺は父さん程の年齢の男性に弱い。 上手く甘えられなかった反動なのか、父さん位の年齢の男性に話し掛けられるとつい話し込んでしまい友達によく呆れられていた。 「おやおや…お姫様は恥ずかしがり屋さんかな?」 ふわっと顔が近付いてきたかと思うと、顎に手を添えられチュッチュッと短いキスを唇にされた。 俺が呆然としている間に、急にそれが深いものに変わった。 「んぅ、んゅ」 「そんな甘えた声を出して、そんなに私のキスは魅力的だったかな?」 バカラはからかうようにチョンチョンと俺の頬をつつき、その後親指で唇を優しく撫でる。 極めつけにウィンクまでされてしまった。 そんな仕草も格好良くて、俺は自分がさらりとキスをされたという事も忘れうっとりとバカラを見つめてしまう。 「お姫様はキスが好きなのかな?」 「す…き…へっ?」 頬をバカラの大きな手で包まれ、何を聞かれたのか分からないままおうむ返しの様に返事をしてしまいあれっと我にかえる。 「えっ…あっ…えっと」 自分の返答に気が付いて恥ずかしさでわたわたしていると、またキスされてしまう。 ついつい動かした手のせいで水面が波打っている。 「ふぅ、うむゅ、みゅぁ」 今度は咥内に舌が侵入してきてねっとりと舌を絡められたり、歯をバカラの舌でなぞられたと思うと上顎もくすぐる様にされるとバカラの胸元にあった腕は自然と首に回すようにして抱き付いていた。 膝立ちの様な体勢になっていたので、水面から(しり)が出てしまっている。 バカラの腕は腰から滑らかな動きで臀に行き、クラブに押し込まれたバイブに手がかかる。 ズッ、ズルゥゥゥゥ 「ん、んにぁぁぁぁぁ」 ゆっくりと引き抜かれると背筋にはぞくぞくと快感が走り、俺は弾かれた様に顔をあげてそのまま仰け反る。 快感が脳天まで駆け巡って口からは俺の唾液とも、バカラの唾液とも分からない液体が顎を伝っていく。 「君は、お姫様ではなく仔猫ちゃんだったかな?」 耳元でバリトンの落ち着いた声で囁き掛けられ頭の中がドロドロに溶かされたように力が入らなくなってバカラの膝の上に座り込む様な体勢になつまてしまった。 「ふぁあぁ」 「昨日の動画と違って、随分と甘えん坊なんだね。こんなに素直になるとは、クラブ君には特別報酬かな」 バカラは俺の髪を手櫛で後ろに撫で付け、額にチュッとキスを落とした。 なんだろうこの後この人にも酷いことされるのだろうか。 それは嫌だな。 バカラの前にされた事を思い出し、俺は疑心暗鬼で考えがまとまらない頭の中でぐるぐると考える。 「そんな心配そうな顔をしなくても、私は素直な仔猫ちゃんには優しくしてあげるよ」 「んっ…」 俺の考えている事が分かったのか、再び優しく口付けられた。 大きな手で耳の形をなぞるように撫でられてくすぐったい様な、気持ちいいような不思議な感覚に肩がぶるぶると震える。 「さぁ、仔猫ちゃんここに来てからなにも食べてないだろう?風呂からあがったらご飯を食べさせてあげよう」 「え?」 バカラの申し出に、まさかちゃんとした食事をさせてもらえるとは思っておらず、驚いてしまう。 「わわっ」 「仔猫ちゃんはもう少し太って肉をつけた方が抱き心地がよくなりそうだね」 浴槽からお姫様抱っこで軽々と持ち上げられると、急な事に驚いて俺はバカラの首に回していた手の力を更に強める。 伸長が175cm、体重56kgもある俺はそこまで小柄でもない。 確かに体重は友人達に比べれば軽いかもしれないが、こんなに軽々と抱き上げられると成人男性としては少しショックだ。 しかし、見下ろしたバカラは腹筋はバッキバキに割れてるし腕なんかも筋肉が浮いている。 世に言う細マッチョというやつだ。 左の上腕には扇状に開いたトランプのマークとBaccarat(バカラ)の文字のタトゥーが入っている。 「じ、自分で歩けますから!」 「そんなに遠慮しなくても大丈夫だよ」 脱衣所で丁寧に頭と身体を拭かれ、あまりにも至れり尽くせりで子供に戻った様な気恥ずかしさがあった。 俺はそのままバスタオルで身体をくるまれ、バカラはさっとバスローブを羽織ったかと思うと、また抱き上げられてしまう。 「さぁ…子猫ちゃんは何が好きかな?」 暗い部屋に戻ってくると食事が乗ったワゴンが用意されており、照明も少し明るくなったような気がする。 ワゴンの上にはサンドイッチや、ケーキ等の軽食が並んでいた。 バカラは俺を抱いたままベッドに腰掛ける。 くぅ どれだけの間ここに閉じ込められているのか時間感覚が麻痺しているので分からないが、久々のまともな食事を前に腹が鳴った。 「可愛らしい音だね」 「や、あの…」 腹の音を聞かれた恥ずかしさで、思わず自分の掌に顔を埋めて顔を隠した。 どうしようもなくこの人と居ると安心してしまってなんとなく気が抜けてしまっている。 そんな気を抜いている場合ではないのに俺はどうしてしまったんだろう。 「ふふふ。仔猫ちゃんが甘え上手になってくれて嬉しいよ。さぁ、ご飯を食べさせてあげよう」 「いや、自分で…」 断ろうと思ったのだが、バカラが目の前に一番手前に並べてあったサンドイッチをひょいっとつまみあげて差し出してくる。 それをゆっくり口元に近付けられると美味しそうな香りに意を決してぱくんとかぶりつく。 「あ、美味しい…」 「それは良かった」 ふわっとしたパンにハムとキュウリというシンプルなサンドイッチだったのだが、パンがうっすらとトーストしてあるからか温かかった。 本当に前の二人はなんだったのだろうかと思うほどの厚待遇に、俺はただただ戸惑うばかりだ。 しかし、風呂上がりということもあるのかバカラの身体は温かく、密着している事も相まって安心してしまう。 「仔猫ちゃんはケーキは好きかな?」 ある程度食事が進んだ頃、一口分のケーキが乗せられているスプーンを口許に持ってこられる。 目の前に出されたスプーンを口に含むと、クリームの甘味が口いっぱいに広がった。 ケーキを飲み込むのを見計らった様に俺を支えていた左手が不意に這い上がって来て胸を揉むように動きはじめた。

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