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閑話 正体
ガチャッ
とある部屋の扉が開いた。
「オーナーお疲れ様です」
「あぁ…クラブくん。ここではバカラと呼んでくれたまえ。仔猫ちゃんはなかなかいい仕上がりだったよ」
「は?仔猫ちゃんですか?」
自分のデスクに座っていたクラブは一体誰の事を言われたのか全く分からないと言った顔でバカラを見返す。
「3日前に連れてきた1028-2くんだよ」
「あぁ…1028のおまけの彼ですか」
バカラは1人がけのソファーにゆったりと腰掛けて長い足を組むと、司のデータが書かれた紙を目の前のテーブルの上に置く。
ここはバカラやクラブなどのスタッフが集まる事務所で、入ってすぐにソファーとローテーブルが置かれており、その奧にはパソコンが置かれた机がある。
机の上にはモニターが数台置かれていて、司の居た部屋に似た部屋が何個ものモニターに映っていた。
各モニターにからは様々な音と共に断末魔の様な悲鳴や呻き声と喘ぎ声まで聞こえている。
クラブはそのモニターとは反対の作業スペースの様になっている机で何か資料をまとめていた。
「また開発かい?」
「えぇ。今回は新薬で、それのモニター観察中です」
モニターの群れの中心にある一番大きなモニターは画面が四分割されており、1つに舞台、残りは客席と出入口という小劇場の様な場所が映し出されている。
「今日はどんな様子だい?」
「すべて滞りなく進んでいますよ。それより、オーナ…バカラさんは表のお仕事はよろしいのですか?」
「あぁ、仔猫ちゃんと戯れていたらこんな時間か…休みにしておいて正解だったよ」
部屋に置いてあるアンティークの時計を見ながら楽しそうに話すバカラにクラブは小さなため息をつく。
「いくらオーナーと言えども商品に手を出すのは規律違反ですよ。しかもオマケとはいえ、依頼品に手を出してどう落とし前つけるんですか」
クラブは顔は笑っているものの、バックには怒りのオーラをまとっており普通の人間だと逃げ出したくなるようなプレッシャーを放っている。
しかし、当のバカラはどこふく風で平然としている。
「クラブくんには言って居なかったかな?あの子は私の元で預かる事にしたからね」
「は?」
「依頼主からも了承を得ているよ」
「はぁ?」
クラブはバカラの突然の申し出に全く状況が飲み込めないといった様子で頷いた。
此処はCLUB Alice、 裏の世界では名の通った会員制のSM倶楽部だ。
家出・一家離散・借金返済困難者・権力者からの依頼等の様々な理由で集められた人間が調教、飼育されている場所。
それを調教しているのが調教師と呼ばれるクラブやスペード達だ。
調教師の身体にはタトゥーが刻まれ、そのタトゥーの模様がそのままここでの呼び名となる。
ここでは、客の地位や名誉により上中下と三段階のランクと料金に分けられたありとあらゆる『プレイ』が行われている。
「白兎君は今日はどうしたんだい?」
「彼は、自分の巣穴に戻りましたよ」
「ではまた新しい子が来るのかな?」
「今回は依頼だそうです」
この CLUB Aliceには様々な業種の支店がある。
その支店で調教が終わった人間が働いたり、この本店への注文などの窓口になったりしている。
店に来られる合言葉は、「どの道に行ったらいい?」と問いかけると「どの道に行きたいのですか?」と聞かれるため「アリスの世界へ」と言うのがルールだ。
これは童話不思議の国のアリスのチェシャ猫とアリスの台詞だ。
「最近は依頼が多いね?」
「ご時世ですかね」
クラブは興味無さそうに書類に目を戻す。
このアリスの言葉を知っている人間は、この倶楽部の客だ。
合言葉を言った客は、まず倶楽部に案内されこの倶楽部に相応しい人間かどうかの審査が行われる。
相応しくないと判断されたり、倶楽部のルールを守らない者には制裁がある。
その客を店に案内するのが白兎。
兎の被り物をしている男で、白兎は姿を変えて対象者に近付いて確実に獲物を拐ってくる。
「次の依頼は…不良息子か。スペード君が喜びそうだね」
「そうですね、粗野で野蛮なスペードさんなら凄く喜ぶで…」
バンッ
クラブがどうでも良さそうに返事をしたところで、勢い良く扉が開いた。
「誰が粗野で野蛮だ!てめぇ、この前から聞いてれば好き勝手言いがって!」
「おやおや…立ち聞きとは随分ご趣味がよろしいことで…」
モニターで随時部屋の様子が監視され、その映像は録画されている。
「ここに入ろうと思ったらてめぇの陰険な声が聞こえてきただけだ!」
「やはり野生で生きてきた人は五感も鋭くなるものですかねぇ?」
スペードとクラブは兎に角犬猿の仲で顔を合わせる度に口論をしていた。
しかし、端から見るとスペードが怒って居るのをクラブは全く相手にしていないと言うか小馬鹿にしているだけの様に見える。
「くっそ!この偽インテリめ…ニヤニヤしやがってムカツクぜ」
「まあその辺にしときなさい。新しい子は誰に任せようか…クラブ君はできそうかな?」
「はい。私は素行の悪い子の方が躾がいがあって好きですよ」
「バカラのおっさん。新しい奴来るのか?」
「スペード君はまだ見て無かったかな?この子だよ」
バカラは自分の持っていたタブレット端末を渡す。
「ご自分の担当以外は資料も見ないのに、今日は雨でしょうか…置き傘してあったかな」
「クラブてめぇ!最近親父がおかしいって知り合いが居るからそいつかと思ったんだよ!」
「で、その知り合いだったかい?」
スペードはバカラの前にある3人掛けのソファーにどっかりと腰を下ろす。
「いや。違ったわ。良く考えたらその親父がここの会員かも知らないんだけどな」
笑いながらそう言い放たれた言葉にクラブはため息をつき、バカラは苦笑いを浮かべる。
「そういえば、バカラさん?先程の1028-2の身元引き受けについての話ですが、担当はそのままスペードさんでよろしいので?」
「スペード君は売れっ子で忙しいからね…」
「は?俺がなんだって?」
タブレット端末をいじっていたスペードは話を聞いて居なかったようで、不思議そうに顔を端末からあげる。
こう見えてスペードはこの店で一番人気の高い調教師だ。
何も被験者を調教することだけが調教師の仕事ではない。
SM倶楽部として、お客様に調教を施すのも調教師の大切な役割の1つだ。
反対にお客様に飼育しているものを調教していただくこともある。
「バカラさんが、1028-2の子を引き取る事になったそうですよ」
「お!おっさん遂に運命の相手に巡りあったってことかよ」
「そう言う事になるかな…」
バカラは女性が見たら卒倒しそうな妖艶な笑みを浮かべ、優雅な仕草で足を組み直す。
「まぁ、あいつもワンダーランドでバイトしてたのが運のつきだな」
ワンダーランドとは司がバイトしていたバーで、この倶楽部の支店の1つでもある。
「でも、あいつ1028のおまけでここに連れてきたんじゃないのか?」
「最初はそうだったんだがね…私も運命の子だということに気が付かなかったのさ」
「おっさんも表の仕事で暫く来てなかったし、しょうがねぇよ」
どうやら司はバカラの事は覚えて居ないが昔何かしらの関係があったようだ。
バカラは懐かしむように顎を撫で、モニターで司の居る部屋を見ている。
「で、肝心の1028はもう終わりそうなのか?」
「今からだそうですよ?」
「でもショーには出したんだし、依頼主も変わってんな」
「沢山の方に相手をさせるのがお好きだそうです」
「やっぱり上級になると歪んでんなぁ」
スペードは呆れた様に言うと、またタブレットに目を落とす。
上級とはこの店の上位にあるサービスを受けられる客の事だ。
上級の客は、依頼をすれば対象者を店が調達から調教までを一から行い奴隷にすることができるサービスがある。
「そろそろ1028君がお目覚めではないかな?」
「はい。ダイヤさんには連絡してあります」
「げー。ダイヤ来んの?俺これから予約無いから帰るわ」
スペードはある人物の名前を聞いた途端にタブレットをローテーブルに置き、そそくさと帰る準備をはじめる。
「スペード君は本当にダイヤ君が苦手なんだね」
「あいつ俺に対しても妙にボディタッチ多くて気持ちわりぃんだよ。じゃ、また明日!」
「ダイヤさんそのまま部屋に行かれるんですけどね…」
さっさと去っていくスペードに、クラブはぼそりと呟いた。
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