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第1話 早い話
「……ユキオ君、早いよ。」
うるさいな。笑うなよ。俺だって、こんなに早いとは思わなかったんですよ。
姉の結婚から早いものでもう10年以上。
会社の外で二人で会う時の義兄は、いつでも俺に甘い。
先輩というには離れ過ぎ、親と思うには若い微妙な年の差。こちらが甘えて、大きな態度に出れば受け止めてくれ、弱って頼れば助けてくれる。だからといって、なんの相談もせず義兄の会社に就職して入社式で驚かせたのは流石に甘えの度が過ぎたか。
周囲には社長の縁者だと知られたくないと頼んだら、今も律儀に秘密を守ってくれている。
そのかわり、義兄の知り合い絡みの儲け度外視の商談や、内々に話が決まっている案件の形ばかりの事前調査など、多忙な社長の身代わりに俺が出張することもよくあるので、まあ都合よく利用されてはいるのだろう。
しかし、今日の義兄は物言いが優しく無い。もうちょっと言い方ってもんがあるだろうに、責め方が辛辣で困る。
そんな、わざわざ早いって言われるほどに早くないと思うんだけれども。
「いや、実際早かったよ。
入った時、居間のテレビから『おもちゃの兵隊のマーチ』が聞こえたんだ、3分クッキングのオープニングだろう? 最後の材料説明と共にエンド……っていうことは3分間。
あれだけ手の込んだ事前の準備時間を考えたら、本番3分間は早いって言うだろ、普通。」
目安がおかしいだろ、テレビのプログラムで計るのか、大の大人が。なんだよ。早い早い言うな!絶対もっと長かったってば!
ほら、ほら!テレビの番組表を見てよ。
この料理番組はタイトルは『3分クッキング』だけど10分枠じゃないですか! 10分なら、事前に宣言した通りだ。
「えー、そんなに長くないだろう?待ってろ、えーと……」
タブレットの検索サイトを呼び出し、なにやら調べ始めた。
「あ、ほら書いてあった!公式ホームページに書いてあるよ、実質的な放送時間は7分だってさ。親切に教えてくれてるじゃないか。
10分もたなかった。お前の負けだ」
7分……マジか。
ちぇっ! ハイハイ分かりましたよ。
ちぇっ!ちぇっ!!大人がムキになっちゃってさ、可愛いねえ。
観念して、姉にメールを送る。
『ママ実家滞在時間:記録7分。パパ実家に移動します』
。。。。。
今日はハロウィン。孫たちが可愛いオバケたちに仮装し、父方と母方の両祖父母宅に出向いてお菓子を強請る。
本来なら至って可愛らしい行事のはずだが、祖父母達にとってはどうやら穏やかではらしい。
"どちらの家に長く居たのか"
この一点がどうしても気になる、と。両家は水面下でかなり本気で張り合っている。そこで、オバケたちのパパの兄とママの弟、義理の兄弟の俺たちが仕事を抜け出し、こうして隠れてタイムを計測して逐一報告を入れているという訳だ。
まずはオバケたちの家から近い母方の祖父母の家、つまり俺の実家に訪問するのを物陰から見守る。
閑静な住宅地にスーツ姿の二人組がコソコソしているのはかなり怪しげだ。近所の主婦が今にも通報しそうな顔でこちらを見ていたのに気づき、慌てて優等生な挨拶をして、あらユキオ君だったの!すっかり大きくなっておばちゃんわかんなかったわ!などの定番ご近所トークに適当な相槌を挟みながらそそくさと躱し、実家の玄関横に二人で身を潜めた。
先程、オバケ御一行は徒歩で自宅を出た模様。
緊張しながらその時を待つ俺と社長。
居間から漏れ聞こえる料理番組のオープニングテーマの軽快な調べに、今が平日の昼前であることを改めて思い知らされる。
俺は一体、平日の午前から何をしているのやら。弟ってのは何歳になろうといつだって姉の言いなりなのだ。
俺は良いけど、俺より15歳年上のこの人は、なんでこんな役を引き受けたんだか全く理解できない。
こんなところで呑気に油売ってるけど、この人これでも「超多忙」「アポイントが取れない」との噂に名高いウチの会社の名物社長なんだよね……。
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