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第2話 硬い話

 昨日の終業後、社長が直々に俺の同僚 土井を社長室に呼び出した。  そして今日、その社長に呼ばれ、自宅まで案内させられた俺。社長は、土井の呼び出しを俺が知らないと思っているのか、何も言わない。  社長の真意がわからず、俺だけひとりモヤモヤしている。  そんなに土井にご執心だったとは知らなかった。  俺は、ちょっと聞いても良い?と前置きをひとつして、義兄の隣に座った。 「なんで土井?  なんで直接?  仕事のことじゃ無いでしょう?  なんで?  アンタのモノでもあるまいし。」 「ユキオ君、随分な口の利き方だねえ。  自分の会社の代表取締役を捕まえてアンタ呼ばわり? 」  社長はオンオフ切り替えが上手いらしく、プライベートでは俺をユキオ君と呼ぶ。会社では服部と呼び捨て、特別扱いしない約束を守ってくれている。  一方で俺は入社以来ずっと「社長」と呼び続けている。外では止めろと散々言われたが、秘密が露呈してしまわぬよう、保身に走った。社内では、俺たちが義理の兄弟であることは内緒だ。 「直接呼び出してなにが悪いの。  君に許可がいるの?土井は君の部下でも無いのに。  俺、社長だもん。どんな社員も俺の"直属の部下"だもんねー!」  子供ですかアンタは……。 「前々から奴には興味があったんだ、いいチャンスだから呼んでみただけだよ。  一度、ちゃんと会いたいってユキオ君に頼んだでしょう?  どうせ取り次いでくれないだろうけど。」  そう言われて俺が引き合わせるわけないでしょう?社長と俺の繋がりはみんなに内緒にしてるんだから。仕事ならまだしも、プライベートな要件で繋ぐはずが無い訳で。  会社で用意した独身寮で知り合った土井は、企業統合でウチの社員になった奴なので、学年は同じだが厳密には同期ではない。  経理担当に相応しく、堅苦しく思えるほど真面目な土井と、ネクタイとは無縁な俺。始終一緒に居るのが周囲には不思議なのだそうだ。  俺と土井の関係には、どんな名前がつくんだろう。対外的にはこの関係は同僚という括りでいいのか?並の同僚より長い時間一緒に居るとは思う。  ……何か別の呼名があったら、このモヤモヤが少しは落ち着くのだろうか。 「しかし昨日はびっくりしたよ。話には聞いていたけれど、あんなにお硬いとは思わなかった。  印象は甘そうだし柔和だろう?楽勝だろうと踏んでたんだけど、少しも歯が立たなくて参った!  あの硬さは却って燃えるね、硬さに意固地になって、力を入れ過ぎてしまいそうだよ。無駄な力は抜かないとね。  力任せにどうこうしようなんて思ったら、下手したら大怪我してしまう。  あーあ、俺も年取ったんだなぁ、オッサンは非力だ。土井には良いところを見せたかったんだがなあ」 「社長……。職権濫用って言葉、知ってます?」  会社のトップが社内メールで就業時間終了後に部下を呼び出すなんて、場合によっちゃあパワハラに当たるんだよ。  頼むから、俺の居ないところで土井と接点を持たないでくれないか。 。。。。。 「とにかく、手を焼くほど硬い!」  そりゃあ土井はバリバリの経理マンだし、人見知りなところがあるからね。 「なんの品種だかわからないけど、信じられないほど硬かったんだよ。会社のベランダで採れたカボチャ」 ーーーはい? 「カボチャだよ南瓜。今年の夏に初めて収穫できた本社のベランダ産のカボチャを、ハロウィンの為に取っておいたんだ。  収穫したては水分が多過ぎて美味くないって聞いたから、寝かしておいたんだ。ホクホクの方が好きだからね。  いざ調理しようとしたらさ、硬くて!包丁が入らなくて参っちゃったよ」  かぼちゃ……。 「包丁も砥石も社長室にあるんだけど、俺には腕が無いからね。ここはひとつ、和食のプロフェッショナル 土井の出番だと思ったのよ。  で。呼んでみたら大正解。あっという間に下ごしらえが済んでしまった! 楽しいな、かぼちゃ料理は♪  あんなに硬かったのに、内側からはあっさり切り崩せるんだよ! 征服欲を満たすね!クセになりそうだよ」  社長室のベランダ、ミニトマトだけじゃなかったんだ……。 「なんだよ、変な顔して。 そもそもユキオ君が俺に教えたんだよ、土井がウチの会社に来た頃に「面白いヤツが来たね」って。 『経理しか出来ないとか言ってるけど、あれは本格的な料理人だよ。毎日の弁当があんまり美味そうだから店を教えてもらおうとしたんだ、そしたら、自分で作ってるって!   盛り付けの凝り方も、包丁の扱いも、自分用のクオリティじゃないよ。どこで拾ったのアイツ』って。  そう言われたら気になるじゃないか!  ユキオ君ばっかり和食の極意をいろいろ教わって腕を上げててズルいじゃないか!  困った時は賢者の知恵だよ、やっぱり包丁の扱いは土井センセイに教わらないとな!」  センセイ……。  そうか!俺と土井の関係。  先生と生徒だ。  土井は俺の包丁の先生!俺の和食の師匠!  いやまて、作るのは土井には敵わないが、外食のことは俺の方が詳しいぞ。いい店を見つけて土井を連れて行くと、次の休みには再現してご馳走してくれるのだ。  師匠で、弟子で、先生で、生徒で……  持ちつ持たれつってやつだな。  関係に名前がついたら、なんだかスッキリした。 「なあ、土井の配置、本格的に変えちゃおうか?  経理から外して、キチンと正式にメニュー開発とか、調理指導とか、そっちの仕事させちゃおうか?」  度々その話が出ているらしいが土井が断っている。土井は腕前は確かだけれども、お祖父さん仕込みの無資格素人。社内で既に働いているプロ達を差し置いて、その部署に就くのは嫌なのだそうだ。  それで、趣味程度にメニュー案を開発しては社員食堂に作らせて、先日のカレーうどんのようなムーブメントを起こす。   「……それ、単に試食したいからでしょう?」 「あ、バレてる。」  そりゃあバレますって。  屈託のない照れ笑いを見せる社長に、今日何度目かの「子供かアンタは」をつぶやいた。  頼むから、俺の居ないところで土井と接点を持たないでくれないか。  今はまだ、ただの一社員としての場所を取られたくない。  この人の弟だって知られたくないんだ。  今のところ秘密は守ってくれているけれど、土井と二人で居たらきっと俺の話も出るだろう。そんなの一体何を話しているのか気が気じゃないから。

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